筑波にまつわるいろいろ
春です。道東の桜も咲きました。
あったかかったり、寒くなったり、三寒四温の北海道の春がやってきました。
ブログに書きたいことはたくさんあったのですが、なかなか時間が取れず2月以来ですので、もう3ヶ月ほど過ぎてしまいました。
この春のビッグイベントは、次男 泉の大学受験、高校卒業、大学入学でした。
1月中旬の共通テストを無事終え、2次試験は希望通り筑波大学を受ける準備を進めていました。私ができるのは神社参拝くらいなので、祈りの日々を送っておりました。離れた土地へ受験する際は、飛行機や宿の手配が必要となります。筑波はホテルがそんなにたくさんある訳ではないので、早めにホテルは予約を済ませていました。国公立大学の受験日2月25日が近づき、それまで順調に進んでいたのですが、20日の夕方、泉から電話があり「熱が出ちゃった」と。38度くらいあるらしい。OMG!動揺する私。新年の抱いた抱負「心穏やかに」を貫けるか、神様から試されてる?これは第一の矢で甘んじて受ければ良いということか。心配しなくてもなるようになる。~が、とりあえず母に電話。普段めったに電話しないくせに、困った時の母頼み。「お母さん、泉が熱出しちゃった。」それで熱が下がる訳ではないけれど、母の思いやりにいつも守られているので、母の声を聞きやや安心。その後、寮の先生からも電話があり、「明日病院に行かせます。試験までまだ数日あるので、熱が下がるといいですね。」と、落ち着いた声で更に安心感をもらう。泉の自然治癒力を信じて、遠方より祈るのみ。翌日の昼の電話では、インフルとコロナは陰性、熱も下がってきているとのことで、本当に良かったと安心する。お母さんありがとう。そしてやはり泉の自然治癒力はすごいのだ。最初泉から電話もらった時は、高熱で受験できないという可能性もちらっと頭に浮かんだのですが、無事回復し、飛行機に乗って筑波まで移動することができました。筑波には泉の兄の明もいるので、頼りになる。私はただ「無事に入試を受けれますように」と祈るのみ。
2年前、実は長男も筑波を受けていて、その時長男が泊まったホテルは、受験当日試験会場までの送ってくれるバスが出ていました。泉のホテルを探す時、そのホテルのHPも見たのですが、満室だったし、宿泊料金も高めだったので、駅の近くのホテルを予約しました。受験当日は大学までバスで行ってもいいし、4キロくらいなのでなんなら歩いても走ってでも行ける。明の自転車借りてもいいしと鷹を括っていた。前日になって天気予報を見ると雨。それも結構降る予報で、歩きと自転車は無理っぽい。駅からバス?バス混むかな~。駅までもホテルから結構歩く。タクシー?と思い、タクシー会社に電話をかけるが、予約いっぱい。8社ほどかけてみましたが、どこも8時~9時の間は満車でした。甘かったな~。ホテルと同時にタクシーも予約しておくべきだった。明の泊まったホテル、共テの後キャンセル出てるか確認すればよかったなーとか無駄に後悔する。が、いやとりあえず明日、会場まで行くには。ちょっと早いけど7時30分でならタクシーの予約が取れた。大学まで車で20分ほどなので、8時には大学に着くが、試験は10時から。2時間待たないといけない。会場が開くの何時なのかな~?雨の中待たないと、、、。と不安は尽きませんが、とりあえず会場まで行くことができて試験を受けれるだけでありがたいので、待つくらいは良しとする。熱のおかげで期待値が一気に下がってる。傘持ってるって言ってたし。あとは本人がなんとかするでしょう。泉なら大丈夫。そして受験当日、筑波は予報通りの雨。結局開場は9時だったようで、1時間外で待っていたそうです。結構寒かったらしい。(開場時間調べるために、前の日の夜はネット検索しまくったけど、結局わからず仕舞でした。開場は1時間前でしたよ!と未来の受験生のお母さんへお伝えします。)
試験が終わるのは午後6時30分くらいのよう(これは検索したら、大学のホームページに出てた)。長いなっ!終わって会場を後にしたであろう頃を見計らって、泉に電話をかけてみた。「どうだった?」「数学がやばい、できんかった。」「明もそんなこと言ってたよ。他は大丈夫だったんでしょ。」「まあー」「泉なら大丈夫でしょう」と話す。夕ご飯は明と一緒に食べると言っていたので、安心して電話を切った。2年前、明も数学が全然できなくて、本人はもう落ちたと思って、後期試験に向けて勉強に励んでいたっけ。いつも機嫌のいい明が、珍しくあの頃はちょっとイライラしてたな~と思い返す。でも、無事合格できたし。泉は、共通テストも割といい点だったので、大丈夫じゃないかなと私はあまり心配しなかった。試験前に熱が出たとか、試験前雨の中長時間待たないといけないって方が余程心配だった。それに心配したところで、試験の結果はもう変わらない。人事は尽くしたのだから、後は天命を待つだけ。その後、3月5日に卒業式。卒業式は私は出席できなかったけれど、先生方やサッカー部の保護者の皆様に祝福して頂き、幸せに高校から送り出してもらえました。
泉は3月15日まで寮に滞在することにしていました。前期に落ちた場合は、続いて後期の試験を受けなければならないためです。後期は信州大学。私的には信州大学いいな~、日本アルプスの山々いいよな~と。でも、サッカー的には本望じゃないかな。私立は共通テストで合否が決まるHS大学を受けて、こちらは既に合格を頂いていた。しかもありがたいことに入学金の支払いは後期試験の結果が出てからでも良いのです。良心的。HS大学でサッカーに燃える4年間過ごすのもありかも、と。勝手に泉の将来をあれこれ妄想する。
合格発表は3月8日。この日、私は摩周・屈斜路パークボランティアの研修会でヒグマの話をすることになっていました。ちょうど合格発表の午前10時は話している最中なので、泉には結果がわかったら、お父さんに電話してね。あと家族のグループラインにも入れておいて~と伝えておいた。環境省の管理官Sさんは筑波大学を出てて、しかも泉と同じ環境生命学類。吉兆かもと良い解釈をしてみる。Sさんに今日発表なんです~と話をしていたら、Sさんは前期ではなく後期試験で筑波大学に入ったとのこと。なんと!後期の難関さは前期の比ではないので、思わず「すげえ!」と声が出ました。そばにいたKさんは、私が「すげえ!」って連呼してるのが珍しいと笑ってましたが、感嘆しすぎて素が出てしまいました。ヒグマの話している最中はすっかり忘れていたのだけれど、終わってからそうだった!と思い出しスマホを見る。最初に目に入ったのは夫からのメッセージ「桜🌸咲く」。おー、やった!ありがとう、神様。家族ラインにも泉から合格したって来ていて、明や妹のほのかからもおめでとう!のスタンプが並んでいた。よかったよかった。本当によかった。泉なら大丈夫って信じてたよ。おめでとう。
合格が決まってからは、まず抜かりなく慎重にネットで入学手続きや奨学金の申請などを行う。退寮日は3月15日。車で迎えに行く。高校最後の1年間は、サッカーの応援で釧路から札幌まで頻繁に通ったな~。これも今回が最後。サッカーシーズンはキャンプや車中泊ができたけれど、3月はまだ寒いので、行き帰り富良野に宿を取る。寮の先生にご挨拶。本当に3年間お世話になりました。最後の最後、試験前に熱出して、ご心配おかけしましたが、おかげさまで無事に卒業、大学も合格することができました。寮の先生も「泉君、本人の気力で熱を下げましたね。」とおっしゃってくれました。サッカー部の監督、コーチにもご挨拶することができました。みんな泉の合格を自分ごとのように喜んでくれました。学校生活、寮生活、サッカー部と充実した3年間を送ることができ、友達にも先生方にも恵まれ、感謝の気持ちでいっぱいです。札幌光星高校、光星学園寮、サッカー部ファミリーの皆様、本当にありがとうございました。
こうして、泉の高校生活は終わり、大学生活への準備が始まりました。明が筑波へ入学する時はわからないことだらけでしたが、二人目なので余裕があります。学生宿舎も希望をすれば1年生はまず入ることができるであろうこと。宿舎の居住スペースはかなり狭くて「監獄」と呼ばれたりしてるけど実際は結構快適なこと。キッチンやトイレは共同でコインシャワーやコインランドリーを利用すること(銭湯も構内にある)。入学前に冷蔵庫やクーラーを予約しなくても入寮日現地で入手できること。荷物搬入は入寮日の翌日って書いてあるけどそうでもないことなど。意外となんとかなるのをわかっていたので楽でした。こっちから持っていく荷物も、泉は高校でも寮生活をしていたので、退寮の際持って帰ってきた荷物がまとまっていたし、あとは自炊道具など揃える感じ。向こうのホームセンターやリサイクルショップもあるので、こっちではスマホとノートパソコンを新調するくらいかな。
苫小牧~大洗のフェリーも予約して、こちらから4人で筑波へ出かけ、向こうで明と合流する予定。久しぶりに家族全員が揃う。苫小牧までの途中の1泊は、かつてよくお世話になった日高少年自然の家さんへ。以前は家族でも研修の企画をすれば無料で利用できたが、去年から家族は研修扱いではなく有料プランに変わっていた。その分、事前の計画書が簡略化され、朝夕の集いへの参加もなく、最後のお掃除の点検があるくらいで、普通の宿っぽく利用できるようになった。子どもが一緒じゃなくなると研修で利用できなくなっちゃうな~と思ってたけど、有料プランは夫婦二人でも誰でも利用できるそうだ。2段ベット8個並んだ部屋が1階に3部屋、2階にも2部屋あるようなスペースを丸ごと貸してくれるから、夫婦二人で泊まるには広すぎて寂しいのだけど。国旗掲揚やラジオ体操、自己紹介などをした思い出満載の集いもないとなるとちょっと寂しい。
そして、苫小牧へ。フェリーは大きな揺れもなく、大洗到着。この日は筑波山の麓の宿に予約をしているので、ナビの誘導で運転。ちょうど桜が満開の季節。あと14キロほどの地点でセイコーマートを発見。北海道民としてはセイコーマートを見ると立ち寄ってしまう。セコマカードもドヤ顔で見せたりして。最後は山道で、だんだん道は細くなる。更に「この先幅員狭し!」と看板が。もう十分狭いんですけど。しかも急登。なんか道の両側深い側溝になっていて、これ向こうから車来たら終わる。斜度が半端なくて、助手席の旦那が「もっとスピード出さな」って言うけど、ただでさえ荷物いっぱい積んでる車で重たいし、怖すぎてアクセル踏めない。ここで路肩落ちてもJAFの大型車、入ってこれないんじゃないかというような細道。交代したいけどそんなスペースもなく、やっと少し車が停めれる(すれちがえる場所)が出てきたので、そこで運転を代わってもらう。その後も怖い道だったけど、はっしーは運転上手だから大丈夫。日暮れのせいか、周りが鬱蒼とした木に囲まれているせいか、あたりはぐんと暗くなっている。果たして無事ホテルまで辿り着けるのか?!どきどきしながらも、不意に大きな道とぶつかる。目の前の道は広くてきれいだ。今通って来た道とのギャップが凄すぎる。怖い道は時間にしたら15分ほどだったかもしれない。でも気持ち的には異世界を彷徨っていた気分だ。無事戻って来れてよかった。最短をおすすめしてくるナビだけを信じて運転してると、こういう目にも遭います。明に後で聞いたら、あの道は行っちゃだめなやつだったそうだ。せっかく登ってきたけれど、宿までは緩く下って下って、到着。さっそく温泉へ。ちょうど立ち込めていた上空の黒雲の下に晴れ間が広がり、傾きかけた太陽の光が差し込んできた。露天風呂に出てみると、虹が。虹は二重に。下界には筑波の街並みが眼下に広がっている。露天風呂に浸かりながら、これからの泉の筑波生活が平和でありますようにと願う。
翌日は、筑波神社に参拝してから、明と合流。なかなかみんな揃って遠出する機会もないので、今回思い切って埼玉に引っ越しした幼馴染家族に会いに出かけることに。友達の家に1泊させてもらいまた筑波に戻って次の日が入寮日となる。幼馴染家族は、子どもが4人いて、上二人は明と泉がそれぞれ同級生。同級生と言っても、美留和小学校の同級生なので、同級生が2人か3人しかいない。家も近所だったので、正に兄弟のように育った仲だ。父親Nさんもはっしーと同業で、お互い結婚する前から仲が良かった。生活スタイルもセルフビルドで自給自足を目指しているようなうちよりもワイルドな生活をしている家族だった。明が小学校を卒業するタイミングで、彼らは奥さんの実家のある埼玉県飯能市へ、親の介護のために引っ越して行った。あれから8年。お互い日常を送るのに精一杯で、会う機会がないまま時が過ぎていた。再会が楽しみだ。
北海道なら80キロは2時間くらいで着く距離だけど、車や信号の多い関東では下道で5時間かかった。今回も懲りずにナビに誘導されて。ただし経路は慎重に選ぶ。川越市街を抜け、飯能駅を過ぎると、だんだん山奥へ。名栗川沿いの素敵な一軒家に到着。再会は「久しぶり~」「わー変わったねー」「大きくなってる(180cm超え)!」と笑いが絶えず。一頻り盛り上がり、すぐに子どもらは昔のように遊び始める。極自然に。ほんと兄弟だな~。夜はお料理上手な奥さんSちゃんのおいしいご馳走を頂き、最近飲んでない私だけど、昔の酒飲みだった私しか記憶にないNさんに推されてお酒もおいしく頂き、楽しい夜を過ごす。Sちゃんとは子育ての初期に一番身近にいたママ友だ。あの頃は近過ぎて若過ぎて見えなかったことも、今は離れて年齢を重ねて、改めてSちゃんの良さがたくさん見えるようになった気がする。なんやかんや言って影響を受け合い与え合っていた私達。きっとうちの旦那さんとNさんもそう。ソウルメイトファミリーだな~と思う。翌日は、Nさんが手直ししている古民家を見せてもらったり、名栗小学校のグランドでサッカーしたりであっという間に時間は過ぎてゆく。永遠に遊んでられる子ども達。この子達は、なんもなくても遊べて、しかも年齢も中学生から大学生まで幅広いのに全員で遊べるのがすごいな~と思う。美留和小学校効果だな。また会おうね!と約束をして、名栗を後に。途中、毎年ナヌークのカヌーツアーに来てくれる川越のご家族が営むお菓子横丁の飴屋さんに立ち寄る。いつもありがとう。また釧路川へ来てね。こんな風に離れたところに、ぽつんと星のように輝くご家族が暮らしているなんて素敵だな。ほら、ここにもあそこにも。自分達と繋がりのある人達がキラキラと命を輝かせて暮らしている。これから、子ども達の周りにも星がたくさん増えていくんだろう。日本中に、世界中に。楽しみだね。
入寮日は明日。泉は明の極狭宿舎に泊めてもらい、私とハッシーとほのかは駅近くのホテル泊。いよいよ入寮日がやってきた。これが今回の旅の一番の目的だ。明の宿舎は平砂宿舎、泉の宿舎は一の矢宿舎。この間3キロほど離れている。指定された時間に事務所で入居手続きをして、鍵をもらって部屋へ。明の部屋はベッドが縦向きにしか置けず使い勝手がちょい難だが、泉の部屋はベッドが横向きに置けて、広く見える。窓からも木々が眺められ、風通しも良さげだ。共用キッチンは2口コンロが2セット並び、テーブルもあって、明の棟より使い勝手が良さそう。買い物など済ませて、泉を部屋に送り、私とはっしーとほのかは、筑波山のロープウェイ乗り場近くのホテルに。なぜかそのホテルが安かったのだ。またまた山の上へ。ただし道は太い道を選ぶ。ホテルの部屋も広くて快適、露天風呂も心地よく、極楽極楽。
翌日は入学式。式は、泉が一人で出席。私達は、せっかくなのでロープウェイで筑波山山頂まで登った。筑波山はおもしろい。今度は歩いて登りたいな。入学式後に泉と会おうと思っていたけれど、泉はそのまま新入生歓迎イベントに参加しているよう。その後はクラスでオリエンテーションがあると言っていたので、結局泉には会えず、明にだけ会って、私達は帰りのフェリー乗り場へと向かった。明には泉の受験から入居に至るまで、とてもお世話になりました。いつも快く協力してくれて、心強かったです。これから始まる泉の大学生活も安心していられるのは、明の存在が大きいな。いつもありがとうね。いいお兄ちゃんがいてよかったね、泉。
来る時は4人で乗ったフェリー。帰りは3人で。苫小牧に到着後、ほのかを三笠高校の寮へ送り届け、その先ははっしーと二人で釧路まで戻った。あれから一月が経過。仕事もひと段落して、今日からちょっとゆっくりできる。時間ができたら、真っ先にブログを書こうと思っていた。人生の節目だったので。明とほのかは自分の希望の学校へ進み、卒業後はそれを活かして自分らしい道を歩いていくだろう。泉も今回希望の大学に入れたことで、大学で勉強とサッカー、両方に本気で向き合い、その後は自分で道を選択していけるだろう。泉は高校3年間サッカーに真剣に打ち込み、また勉強も手を抜かずやり通した。大学合格はその努力が実った結果。これを自信に、これからもマイペースでがんばれ。泉はいつもがんばってるから、がんばれって言う隙が全くなかったよ。常に自然体の泉だけど、適度に息抜きしながら楽しくやってね。自然が足りなくなったらいつでも弟子屈に補給しに来てね。私達夫婦にとっても、泉を大学まで送り届けたことで、みんな巣立っていったな~と感慨深い。まだ時には手をかけてあげることもあるかと思うけれど。私も未だに困った時は母頼みだし。反対に私達は子ども達を見習って、日々丁寧に心穏やかに生きていけたらいいなと思う。「夫婦仲良くね」って子ども達が心配してくれるので、はっしーと仲良く暮らしていきたいと思います。