自分の意思を伝えたくても伝えられない。もどかしい気持ちを抱えた僕に大きな転機が訪れた。
中学2年の時、担任になった冨岡先生と言語訓練の中川先生との出会いだ。冨岡先生は月に2回希望の園で講座を開いていて、今だにお世話になっている恩人だ。先生がいなかったら今の自分は無いと思っている。
2学期の10月、授業中でのこと。先生同士が僕のことについて話しをしていた。「なんとかマーちゃん(僕のこと)と話しができないかなぁ」と中川先生。「ちょっと考えてみようか」と冨岡先生。僕の身体の動きを観察しながら「どこか自分の思うとうりに動かせるところはないかなあ」「首から上は自由に動かせるようやなあ」などと言い合っていた。
その時、冨岡先生がユキベーの文字板を持ってきて「”ま”を見てみ」「”さ”を見て」と言って僕の目線や顔の動きを観察していた。そして長い鉛筆を僕の額に当てて、文字板を指すように言った。これがすぐできた。この瞬間、初めて自分の意思で言葉を伝えることができた。「言いたいことが伝えられる!」とても嬉しい感覚だった。自分の人生の中で、とても大きな変化だった。
次の日、冨岡先生はヘッドギアの額の部分に竹の棒を付けた試作品を作ってきてくれた。それを2週間ぐらい使っていろいろ試してみた。しかしそれを使っていて、どうも具合が悪い感じがした。竹棒の先端と文字板を集中して見ていると、目が寄ってきてとても見にくく、疲れて涙も出てきた。僕は冨岡先生に相談してみた。実際に先生にもヘッドギアを付けてもらい、文字板を指してもらうと、「なんか、目が回ってくるなぁ。これはアカンなぁ」と言った。そこで、試作品を改良することにした。僕は棒をカーブさせてみたらどうかと冨岡先生に提案してみた。この案は僕がヘッドギアを使ってみて感覚的に思ったことだった。後日、先生が曲げた竹の棒を持ってきてヘッドギアにつけてくれた。それをつけて文字板を見たところ、棒を曲げたことで視点が定まりやすくなり、とても見やすくなった。その様子をみていた言語担当の千歳先生が「アンコウのようだなぁ」と言って笑った。それから僕も、この曲がった竹の棒とヘッドギアのことを「アンコウ」を呼ぶことにした。「アンコウ」という言葉は僕も発音できたので、ピッタリの名前だった。それからもアンコウはさらに使いやすいように改良してきた。
父も沢山相談に乗ってくれた。
ヘッドギアがとても重かったので、ヘッドバンドに竹の棒を付け変えてくれた。これでとても軽くなった。竹の棒の先を赤くすることで、視点を定めやすくなった。さらに先にゴム製の滑り止めを付けることで、文字板を指しやすくしてくれた。これらは全て父のアイデアだ。趣味だった釣りの道具を上手に利用して僕の使いやすいように改良してくれた。
アンコウを使うようになってから、僕の世界は大きく広がっていった。今までできなかったことにも沢山挑戦するようになった。
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