お虎の情報から、柳原で八卦見を生業にしている、元岡山藩浪人、戸澤三吾と娘、お登勢は浅草の福井町の一軒家に、借家住まいをしていると言うので、
二代薮原検校の番頭、彦次は、例によって風月堂の一番高い二朱の菓子折りを手土産に、戸澤三吾の住まいを訪ねて、娘を外妾にと交渉を持ち掛けます。
「まずは、お嬢様は外妾で、検校様が通いの囲い者だが、二年も待てば正室に直して、祝言を上げてやる。」
「支度金は大枚百両もお出し下さるし、月々のお手当に二十両も出すと仰る。」
手付金に百両、加えて月々二十両出すと言えば、戸澤三吾は大喜びして、二つ返事で娘を外妾に差し出すに決まっている!と、確信する彦次ですから、
完全に戸澤三吾を岡山の田舎侍と、見下した態度で彦次は上からの物言いなので、最初は我慢していた三吾も、堪忍袋の緒が切れて、雷を落とします。
「穢れ者、盲人(めくら)の分際で、武士の娘を外妾に囲いたいとは、身の程知らずにも程がある!」
「検校と言えども、所詮はただの盲人、穢れだ!」
「盲人は前世か?前々世の悪行が祟り盲人となった愚かしい者。それを悔いて慎ましく生きられよ!!」
と、まぁ〜戸澤三吾も、普段なら口には出さない本音をついつい、曝け出すもんだから、その罵詈雑言を検校の名代で来た、彦次に対して浴びせてしまいます。
その上、彦次が持って来た、風月堂の菓子を庭に放り投げて、「帰れ!」と追い出しに掛かりますが、彦次も田舎侍めぇ!と、逆上し握り拳で殴り掛かります。
しかし、彦次より三吾の方が二十歳は年寄りですが、武道の心得が有りますから、簡単に体を交わして、彦次の拳を受け流します。
すると、彦次は頭から部屋の隅に在った、簞笥の角に突っ込みます。それで額をパックリ割って血が吹き出すもんですから、遂に彦次は切れて仕舞い、
懐中に忍ばせていた、匕首(あいくち)を取り出して、素早く鞘を払うと、鋒(きっさき)を三吾に向けて斬りつけます。
それでも三吾は冷静です。後ろに飛んで鋒を避けた三吾は、傍に置かれていた大刀を素早く抜いて、峰打ちで強かに彦次の匕首を持つ掌を打擲した。
ギャッ!!
手の骨が砕けた彦次は、そう叫ぶと、思わず匕首を落とし畳の上にのたうち回ります。「まだ、手向かい致すか?下郎。」と言う三吾。
「糞、覚えてやがれサンピンめぇ!!」
「ただで、済むと思うなよ!」
そう言い残すと、検校の使いと名乗る彦次は、庭に三吾が捨てた風月堂の菓子を拾い上げてその場を立ち去った。
三吾は、お登勢に「穢らわしい!庭に塩を撒きなさい!!」と、言って撒き塩をさせると、その日も親子二人、柳原の「戸澤庵」に売卜に出掛けた。
さて、横山町の薮原検校邸に戻った番頭彦次は、戸澤三吾は田舎侍のくせに、気位が高く、薮原検校を「穢れた盲人(めくら)」と呼び、
検校とて所詮は士農工商の外だ!とバカにしたと、悔しさを滲ませながら語り、骨を砕かれた右手を摩り割られた額も見せて、三吾の悪口を捲し立てた。
それを聞いた二代薮原検校、杉の市は検校の自分を、"穢れ"呼ばわりする戸澤三吾と言う田舎侍に対して怒りを覚え、復讐を決意して娘のお登勢を罠に嵌めます。
早速、女中お虎に十両の準備金を与えて、何やら悪い計略を練り、お虎と綿密な打合せを行い、お登勢に罠を仕掛けます。そしてその計略とは…。
さて、戸澤三吾が柳原土手で八卦見を始めた当初から、大変に贔屓にしてくれた、相模の國は藤沢宿にて本陣宿を営む、三枡屋からお声が掛かり、
是非、三吾殿直々に泊まり掛けで藤沢宿へと出向き、三枡屋家族、兄弟親戚、並びに奉公人一同の将来について、易を立てて欲しいと言うのである。
大のお得意先、三枡屋の立っての願いというので、戸澤三吾は四日間、柳原の「戸澤庵」をお登勢一人に任せて、東海道を藤沢宿へと向かうのであった。
それを知った二代薮原検校とお虎は、この三吾の留守にお登勢が、浅草福井町の女将さん連中と、揃って湯屋へ向かった隙を狙って罠を仕掛けます。
お虎がお登勢の後を尾けて行き、隙を見て着物の袂から、"二分金"を11枚半紙に包みそっと忍ばせて、湯屋に着くなり「スリだ!泥棒だ!」と騒ぎます。
すると、袂から見知らぬ銭が出て来たお登勢は、番台にいる湯屋の主人に申し出るが、二分金には佐竹家の刻印"丸にサ"の文字が彫られていると言う。
すると、お登勢が差し出した二分金には"丸にサの刻印"がある。「さぁ〜、役人を呼べ!番屋に突き出せ!」と、お虎は捲し立てるが、
しかし、湯屋の主人がしっかりした人物で、湯屋の常連でよく知る武家の娘。気立の良いお登勢が、人の銭を盗むような女ではないと言い、お虎を全く相手にしない。
番屋に突き出し大恥をかかせる算段が、思わぬ湯屋の主人の抵抗で作戦が失敗しかかるが、お虎は奥の手だ!と、懐中から錠前に鎖を付けた折檻道具を取り出すと、
これをブンブン振り回して、お登勢の顔面目掛けて攻撃します。額と右目の上に錠前が当たり、夥しい鮮血が吹き出して、その場に蹲るお登勢。
これを見て、湯屋の主人と女将連中が、お虎を取り押さえますが、「五両二分も盗んで、番屋に突き出されたら、百叩きになるのは必定だ!」と叫び、
「遠島喰らって、五年、十年、島暮らしになるよりは、ずーっとましだろうよ!」と、捨て科白を吐いて、お虎は湯屋を後に、どっかへ逃げ去ります。
武士の娘が盗っ人呼ばわりされて、公衆の面前で打ち打擲され、額を割られ右目を腫らし、お岩さんみたいな容姿にされたお登勢は、声に出して泣き崩れます。
福井町のご近所さんの女将さん連中が、何とか慰めて家までお登勢を送り届けますが、彼女の怒り悲しみは深夜になっても癒える事はありません。
そして今日受けた恥ずかしめを、思い出すに付け、父戸澤三吾に済まない気持ちで一杯になり、自害しようと思い詰め、父に遺書を残して家を出ます。
そしてお登勢がやって来たのは両国橋。『父上、先立つ不幸をお許し下さい。南無阿弥陀仏!!』と、橋の欄干から身を投げて、お登勢は大川に入水します。
さぁここで、お登勢が身投げをし、誰も周囲に人が居なければ…、お登勢はただの土左衛門!いや、
もしかすると死体すら浮かび上がらず、海に流されて藻屑と消えた可能性も有りました。が…。
神様はお登勢を見捨ては致しませんでした。と、申しますのも、お登勢が身投げしたその時、大川を進む一艘の"チョキ舟"が御座いました。
"チョキ"とは、屋形船の小さい版の船で、屋形船だと20〜30人は乗れますが、このチョキ舟は四〜五人を乗せる屋根付きの小舟に御座います。
そのチョキ舟が偶々、お登勢が入水した辺りを通り掛かり、そのチョキに乗っていた、八丁堀は岡崎町で小間物屋を営む、伊勢屋亀四郎という商人に助けられます。
九死に一生を得たお登勢。この伊勢屋亀四郎と言う男は、実に慈愛に満ちた好人物。お登勢の身の上話を聞いて、それでは乗り掛かった船だと言い、
お登勢が薮原検校一味から受けた屈辱の、怨みを晴らす復讐の手助けを買って出ます。
取り敢えずは、お登勢は八丁堀岡崎町で無事静養中だと、父親の戸澤三吾と、その身元引受人の大工の棟梁助五郎に伝える為、浅草福井町へと出向くのだが…。
そして亀四郎。助五郎には逢えたが、肝心の父親、戸澤三吾とは一足違いで逢えず仕舞い。なんと!父三吾はお登勢が自害したと思い込み、
憎っくき薮原検校と、番頭彦次、更には女中のお虎に復讐する為に、剣の腕を磨くのだ!っと、全国六十余州の武者修行に出た後だったのです。
いつの日にか修行を終えて、必ず、娘の仇を討つ!と誓って、助五郎にこの硬い決意を口にした三吾は、既に旅に出た後だと分かります。
ここも、三代目伯龍の速記では一話になっていますが、一話にするとかなりの長講です。ただ、分けるには切れ場が難しいですね。
彦次と戸澤三吾の悶着と、その後のお虎の罠から、お登勢の身投げで二話にするか?彦次、お虎を一話にして、後半はお登勢の身投げか?!
二話だと、15分くらいの短い話と、45分くらいの長いお話での構成になりますよね。伊織さんはどんな構成か?興味があります。いよいよ、この後大団円。