第１６２６回　地図に無い村

　北海道の「雄柏村（おはくむら）」は、2000年代の初めに、一部の登山地図や心霊マップにその名が記載されていたという報告があります。しかし、正式な行政区画としては存在しませんし、「国土地理院」「行政地名辞典」「北海道公式地図」にも、一切その記録はありません。人々の”伝承“としてその存在が語られるだけです。この村を探して現地調査を行った際には、「山道が突然途切れて、鳥居だけが残っていた」という証言が複数出てきました。もし、周囲に人が誰も住んでいない山中であれば、そこに鳥居だけが残されているというのは不自然です。「雄柏村」を知っている人によれば、「この村は行くことはできるが帰ることのできない村」と話しています。そのような村が本当に存在しているのでしょうか。

　青森県の「杉沢村」は、山奥に古びた鳥居と髑髏（どくろ）の形をした岩があり、その先にあった廃村だと言われています。この村では昭和初期に、ある村人が発狂して、村人全員を殺害した後、自ら命を絶ちました。それ以降、村人のいなくなった村は地図から抹消されました。現在もこの付近には、「血痕が残る廃屋がある」とか「ここから先へ立ち入る者、命の保証はない」と書かれた看板があると言われています。今ではこの付近は“怨霊の巣窟”と呼ばれて、心霊スポットになっています。1953年に青森県新和村（現弘前市）で起きた一家7人殺害事件が、“杉沢村伝説”の元になったのではないかと言われています。ただし、行政記録には「杉沢村」は存在しませんし、「国土地理院」や青森県の「地名辞典」にも「杉沢村」の記録はありません。

　京都府にも「スコップ村」と言われる村があります。この村では、「夜になるとスコップで地面を掘る音がする」という怪異が報告されています。他にも「夜に村の林道を進んで行くと空き地だったはずの場所に灯のついた家が現れるが、翌朝にはその家は消えていた」という証言があります。ここでも「国土地理院」や京都府の「行政資料」に、「スコップ村」の名前は存在していません。地図にも記載されていません。そしてこの村へ行ったという人が、他の人を連れて村へ入ろうとすると、以前は確かにあった道が消えているというのです。

　岩手県にも「五輪村」という行政区画には存在しない村があります。岩手県奥州市江刺区米里と遠野市小友町の境界に位置する峠は「五輪峠」と呼ばれていて実在しています。この峠を通る県道174号線沿い（旧遠野街道）には、「五輪塔」が建てられています。「五輪塔」は仏教的な墓標で、地・水・火・風・空の五大要素を象徴しています。この塔は寛永年間に戦死した父親の菩提を弔うためにその子が建立したと伝えられています。奥州市衣川村（2006年に奥州市へ併合）には、「高檜能山五輪上の谷」に天女が舞い降りたという伝説があります。これらの地名やその由来に含まれる「五輪」という言葉が、「五輪村」という呼称に変化したのではないかと言われています。そしてこの村も「行くことはできるが帰れない村」として語られています。

　これらの村は人々には語られていますが、地図上には存在していません。逆に北海道紋別郡滝上町にある「上雄柏」という実在していた村は、その村が存在していたことを示す記録はしっかりと残っています。この村は、「オシネラップ原野」の最奥地にあります。明治末期から金鉱探査者が出入りし、大正5年に高知県出身者らが入植しました。昭和期には小中学校、駅逓、森林鉄道などが整備され、最大で数十戸が暮らしていたのです。それが住民が減っていき、2007年には完全に無人化してしまいました。そして現在では“廃村”となってしまったのです。

　このように人口減少によって無人化して、廃村になる村があれば、逆に人々の話や記憶にその名をとどめていても地図上には存在しない村もあります。

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