第１３７０回　同情は禁物　（３）

　相談者は会社をしばらく休んで家に引きこもりました。どの部屋もカーテンは完全に締め切りましたから外の様子は見えません。これで当分の間は安心して家の中で過ごせると思ったのです。しかし、しばらく家の中にいると、深夜にマンションのエレベーターが、相談者の部屋のある４階でしばしば開くのです。開いたエレベーターのドアは“チン”という音を響かせて閉まります。このエレベーターのドアの開閉音が、深夜の部屋の中まで聞こえてくるようになったのです。それは自分を見ることを頑なに拒否している相談者に、自殺者の方から訪ねていることを伝えているようでした。さらには深夜に相談者の階でエレベーターのドアが閉まった後、廊下をこちらへ向かって歩いてくるヒールの固い音が、何度も響いてきました。そしてついには廊下を歩く足音が部屋の前で止まった後、玄関の呼び鈴を鳴らし、それを無視しているとドアノブをガチャガチャと回す音が聞こえてきたのです。相談者は恐怖で布団をかぶってベッドの中で震えることしかできませんでした。

　ここまで追い詰められた相談者は、さすがにこのままこの家にいることはできないと考えました。そこで実家へ連絡して、１週間でも実家で過ごすことにしました。家族には仕事で疲れているので会社は“休暇を取った”ことにして実家へ戻ったのです。実家に戻ってからさすがに自殺者の霊が現れることはありません。久しぶりに実家の自分のベッドでぐっすりと休んだ相談者はすぐに気持ちも安定してきました。そして気晴らしも兼ねて高校時代の友人と近くの居酒屋で飲み会を開くことにしました。飲み会は気心の知れた友人同士ですから時間も忘れて楽しく過ごしました。そしてお店の閉店時間まで飲んで、深夜１時を回ってタクシーで帰宅しました。帰宅した相談者は寝る前に一風呂浴びたくなり、着ていた服をハンガーにかけるためにクローゼットのドアを開きました。その瞬間、あの顔の左半分を失った血まみれの自殺者が、クローゼットの中にしゃがみ込んでこちらを見上げて笑っていたのです。相談者は恐怖のあまり、声を出すこともできずにベッドへ潜り込みました。そして気が付くとそのまま朝を迎えていました。

　それからすぐに相談者から私に連絡が入りました。「もうお金のことは言っていられません。シュンさんが考える最強の方法で、どうか私を守ってください。除霊でも結界でも費用が掛かることはホームページを見ていますので分かっています。でも、代金は親にすべてを話してボーナスまで借りることにしました。せっかく買ったマンションを手放すことはできませんし、ローンの支払いもありますから会社を辞めることもできません。この自殺者の霊が私に付きまとうことが無くなれば、また普通に暮らしていくことができます。どうかこの不浄霊が二度と私に付きまとわないように、シュンさんの力で助けてください」その声は恐怖に震えていました。

　私はまずは相談者に付きまとっている不浄霊を除霊によって祓いました。そして自殺者が死んだ場所に立って約１時間のお経を唱えて成仏を祈りました。家の中には結界を張り、観音経の写経を掲げました。そして相談者には外出時には必ず左手に付けるように、天眼石のブレスレットを渡しました。私の行ったことは自殺者の霊を供養をするとともに、強力に霊に対抗できるものです。ここまでやってようやく相談者は自殺者の不浄霊から解放されたのです。

　私は最後に一言だけ注意しておきました。「霊的な対応はかなり強力に行いましたから、もう自殺した女性があなたに付きまとうことは無いでしょう。でも、今回の出来事を振り返ってみてください。あなたが不幸にして亡くなった女性の成仏を祈ることや、お花や供物を供えることは人として間違ってはいません。とても良いことです。ただ、霊の世界はちょっとした同情心から、ここまで執拗に頼られてしまうこともある“危険な世界”です。死者の霊を供養するということは、不浄霊から執着されて自分がひどい霊障を受ける可能性もあります。それを引き受けてでも“その不浄霊を救いたい”という覚悟がないなら、中途半端に同情してはいけないのです」

相談者は私の言葉に何度もうなずいていました。

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