第１３５０回　穏やかに生きる（３）

こういう老人たちは朝起きて家にいても、家人とも会話はありません。今までに何度も家族とケンカをして、うとまれていますから、誰も会話をしようとは思いません。昔いた友人とも関係を悪くしてもう何年間も音信不通になっています。多くは一人暮らしですが、家族がいても家に自分の居場所はありません。家にいても何一つ面白いことはありませんから、舌打ちしながら家を出て、交通機関に乗って公園やお店へ入ってみます。しかし、そこにいるのはどいつもこいつも常識のない嫌な奴ばかりです。電車の中では足を広げたり、優先席に座る若者もいます。それを注意すれば、口答えをするか、あてつけがましく席を立って隣の車両へ移動します。公園では友達同士の親子がベンチも遊具も占領して我が物顔で騒いでいます。そして自分には面倒くさそうな視線を投げかけてきます。それは仕事をしていたころもそうでした。同僚は誰もが自分には意地悪で、お客さんは横柄で、上司は高圧的に威張り散らしていました。それでも文句もいわずに何十年も一生懸命働いてきたのです。そうやって家族を養い、子供を育てて一人前にしたのに、子供はまったく自分に感謝をしてこないのです。時間とお金に余裕が出来れば、自分たちばかり旅行へ出かけて誰も声をかけてくれません。誕生日も母の日も何一つプレゼントはありません。たまに笑顔で話しかけてくると思えば、孫の世話を押し付けられて、自分たちは遊びへ出かけて夜まで帰ってきません。

～いったい世の中、どうなっているのか、家族も他人も、どうしてろくでもない奴ばかりがいるのか～

　そうやって家族にも友人にも会社にも世の中にも、毎日、腹を立てながら生きています。だから自分に向けられた善意の言葉も悪意に聞こえてしまいます。洋服屋で店員が笑顔で勧めてきた上着も「そんな高いもの買わせて、お金を儲けようとしているのか」と受け取ってしまいます。レストランが混んでいて、なかなか注文した料理が出てこなければ、「年寄りだと思ってバカにして！」と、怒りを募らせてしまいます。果たしてこのご老人の周囲には過去も現在もそんなに悪い人ばかりがいたのでしょうか。

　この老人が周囲の人に対して、「常識や優しさのない悪い人間ばかりだ」と感じていたのは、言うまでもなくこの老人自身が自分で作り出した不平不満の色眼鏡をかけて世の中を見ているからです。誰でも生きている中で、毎日楽しいことばかりが続くわけではありません。腹が立つことや落ち込んで悲しみに暮れることもあります。また、本当にそんな“嫌なヤツ”に遭遇することもあります。でも、自分の目に毎日入ってくる景色は、自分の作った色眼鏡の色によって大きく変わることを覚えておいてください。　　　

　朝、出勤するときに、家から駅へ向かって歩いている小道も、もし、心が弾むような楽しい出来事があれば、明るく気持ちよく彩られています。そんなときは植栽の中で咲いている、小さな花の明るさにふと目に留まることでしょう。怒りやイライラに包まれていつもの道を歩けば、鼠色のくすんだ景色の中から、気持ちの悪い害虫がとぐろを巻いて出てくるかもしれません。よく“ツイているとかツイていない”とか、私たちは自分に起こる出来事を何か目に見えない力によって引き起こされていると感じることがあります。もし、そんな力が存在するとすれば、それは“あなたの意識”に他ならないのです。つまり、このご老人を取り囲む嫌な人間たちは、すべて自分が作り出したものなのです。今は”アンガーマネジメント“も研究が進み、怒りを予防したり制御して、上手く分散させる”心理療法プログラム“も実践されています。穏やかに生きることは幸せに生きることにつながることを忘れないでください。

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