第１３４２回　刺激かやすらぎか（３）　

「覚悟ですか…」

私の言葉を聞いて相談者はそうつぶやきました。

「今、彼はあなたと一緒に暮らしています。出会った頃のような“好き”とは、今は性質は異なるかもしれません。それでもあなたを好きでいることに間違いありません。そして彼はいつでも好きなあなたを抱きしめることができます。さらに生活費も折半して、仕事でも生活でも彼は助けられています。つまり今の状態は彼にとってとても幸せ（＝有利）な状態で、しかも何ら責任も生じていません。こんな都合の良い状況にある彼は、何も結婚をして責任を負う必要がないのです。今の状態が彼にとっては一番お得な状況なのです」

「………」

　「結婚をするということはさまざまな責任が生じます。お互いに支え合って生活してかなければなりません。子供が生まれれば親として子供を養育していく義務が生じます。浮気をすれば、相手からその責任を追及されて損害賠償を請求されることもあります。それでも“好きな相手と一緒に生きていくため、自分たちや周囲の人が納得する一つの形として結婚という契約を結びます。彼は今、その契約を結んでいないのに好きな相手と生活を共にしています。彼にとってこんな有利な状況はありませんから、それを自ら放棄して結婚へ進むには、それ相当の”覚悟“が必要になります」

　相談者は黙って私の話を聞いています。

「そしてその覚悟を持つための動機付けとしては、“一時的な刺激の強さ”よりも、“やすらぎや安心感を感じられる穏やかな時間”の方が、引き寄せられていきます。それは年齢を重ねれば重ねるほど、その方向へ傾いていきます。ですからもし、あなたが彼との結婚生活を望むのであれば、このまま進めばきっとそこへ到達するでしょう。彼は今の“お得な状態”を自ら放棄することはありませんから、お二人のお付き合いはまだまだ続いていきます。そして確実に年を重ねていきます。それは言い換えると、刺激よりもやすらぎを求める未来へ向かって、一歩ずつ進んでいることに他なりません」

　相談者は私の話を聞き終わると何か、覚悟を決めたように口を開きました。

「彼と結婚できるならそれは私の望む未来です。しかしそれまでまだ数年間も私は遊び歩いている彼を支えていかなければならないのでしょうか？」

　私はゆっくりと相談者に話しました。

「この時間はこれからのあなたの対応によって大きく変わります。まだ、遊びが楽しい彼と付き合っていく上では、パートナーというよりもどこか”母親目線”で彼を受け止めていく必要があります。あなたには逆にその”覚悟”を持っていただきたいのです。その覚悟は無ければ、彼が友人たちと出かけるたびに、あなたは苛立ちを覚えて彼を追求することになります。彼は楽しい時間をあなたに否定されれば、結婚へ向けたモチベーションを下げてしまいます。イソップ物語の“北風と太陽”のように、ポカポカと暖かく彼を支えてあげれば、彼は自然にあなたへ傾倒していくことになります。彼との結婚を望むのであれば、北風のように厳しく接することは逆効果です」

「私がそんな寛容な対応を取ることができるでしょうか？」

　相談者は不安そうにそう尋ねました。

「あなたが覚悟を決めてそのような対応に終始すれば、彼の中であなたの存在は太陽のように大きくて暖かなものになります。そうなれば彼の気持ちはどんどん結婚へ向かいます。そして結婚後は、あなたが彼をコントロールしながら“姉さん女房”として幸せに暮らしていくことができます。頑張ってください」

　私は相談者にそのように答えながら、そんな未来がしっかりと頭に浮かんでいました。

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