第１３００回　忘れられない彼女（３）

　「えっ、これほど彼女を愛しているのに、私の思いは“愛情”ではないのですか？」

私はまた、きっぱりと答えました。

「はい、愛情とは相手目線で相手の幸せを思うことです。あなたが言う愛情は、すべてが自分目線です。自分の思いを遂げるために、彼女の都合や思いを何ら考えることなく、自分の気持ちを押し付けています。それは愛情ではなく“執着”であり、あなたの“我欲”です」

「………」

相談者は私の言葉にまた、黙りこくりました。

「人はさまざまな欲を持っています。ですから今が幸せでも、もっと幸せになりたいと思います。しかし、さらに次の幸せを求めた結果、今の幸せを壊してしまった人は数多くいます。“足るを知るものは富む”と言う言葉があります。人が何かを求めるとき、それと引き換えに何かを犠牲にしなければならないことを忘れないでください。あなたが彼女に執着して、彼女を現実に自分のものにしようとするとき、あなたは今の幸せを失うことになります」

　相談者は私の言葉を聞いた後、思い出したように質問してきました。

「それでは私はどうしてここまで彼女に執着してしまったのでしょうか？私はそれを愛情だと思っていました」

私はまたハッキリと答えました。

「それはあなたの執着が“幻想”を作り出したからです」

私の言葉に相談者は唖然としたように聞き返してきました。

「幻想ですか？それはどういうことでしょうか？」

「あなたは何をやっても彼女を忘れることができなくて、彼女を忘れるために今の奥さんと結婚したのですね」

「はい、確かにそういう意味もありました」

相談者は落ち着いて答えました。

「そういう形で好きだった彼女以外の女性と暮らし始めたあなたは、心の中でいつも奥さんと彼女を比較していたはずです。それは一緒に食事をしているときも、テレビを見ているときも、夫婦関係を持っているときも、以前一緒に暮らしていた彼女の横顔と奥さんの横顔を見比べていたのです。そして彼女と同棲していた時、あなたと彼女はお互いに若く、心も体も活力に満ち溢れてきれいだったはずです。ですから年齢が上がってから結婚した奥さんよりも、あなたは心の中で彼女に対する思い（欲望）が募ることになります。そしてあなたの中では彼女に対する美しい虚像が年を重ねるごとに大きくなっていったのです。さらにその思い（欲望）は、満たされることがありませんから、余計に膨らんであなたの心を埋め尽くしていったのです。そうやって彼女も彼女との恋愛もあなたの心の中で美化されていったのです」（４）へ続く。

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