第１２９９回　忘れられない彼女（２）

　私は相談者に尋ねました。

「別れた彼女のことを抜きに考えた時に、あなたは今、幸せに暮らしていると思いますか？それとも何か消化不良な満たされない日々を送っていますか？」

男性はしばらく考えた後でハッキリとした口調で答えました。

「幸せだと思います。安定した家庭を築き、妻や子供とも仲良く暮らしています。仕事も倒産するような会社ではありませんし、リストラされる心配もありません。給料は若いころは安いと思いましたが、毎年昇給して今は年齢相応にはもらっています。家族それぞれ健康で特に病気もしていません。………きっと今の生活が不満だというなら、バチが当たってしまうと思っています」

私はこの言葉を聞いてすぐに答えました。

「でしたらあなたが今、どう行動するべきなのかは明確ですね。幸せな今の生活を守りながら生きていくことが最善の選択です。その生活を壊してしまうようなリスクはどのような形であれ、負うべきではありません」

彼は当たり前の私の回答に少し、がっかりしたように尋ねてきました。

「シュンさんの言われることはもっともだと思います。しかし、私はどうしても別れた彼女のことが忘れられないのです。探偵に依頼して彼女の居場所や近況を探ることも良くありませんか？」

いぶかしげにこちらをにらんだ相談者に私はきっぱりと答えました。

「もし、あなたが探偵に彼女の居場所や近況を調べさせたとします。探偵は仕事ですからきっちりとその答えをあなたに告げるでしょう。その後、あなたはどのような行動に出ると思いますか？それはハッキリしています。もし、彼女が今、経済的に苦しい生活を強いられていれば、彼女が結婚していてもいなくても、あなたは“経済的援助”を建前にして、彼女と接触します。そして、自分が幸せにしなければいけないと考えて彼女と寄りを戻そうとするでしょう。また、彼女が結婚していて今、幸せに暮らしていると報告されても、彼女の住まいを知ったあなたは、その姿を見たくて彼女の家の近くをうろつくことになります。その結果、あなたは彼女から見つかり、執着心の強いストーカーとして罵られ、下手をすれば警察が介入することになります。そしてあなたを警戒する彼女は、あなたのストーカー行為をあなたの勤め先へ知らせて、何らかの対応するように促す可能性もあります。そうなればあなたの今の幸せな暮らしはどうなるでしょうか。会社では長い年月、真面目に働いて培われたあなたの信用はすぐに失われます。会社の同僚も上司もあなたがストーカーであることを知れば、まともに付き合う人はいなくなるでしょう。また、家庭でも、２０年間もストーカー行為をしてきた夫や父親に対して、家族の見る目は大きく変わるでしょう。つまり、彼女が結婚していてもいなくても、幸せであっても生活が困窮していても、どちらにせよ、あなたにとって良い結果にはならないのです」

「………」

　私の回答を聞いて相談者は押し黙りました。そして私に尋ねました。

「これだけ長い時間が経っても彼女のことを忘れることができないのは、私と彼女の間に強いご縁が存在しているからではないのでしょうか？」

すがるような目線で私を見つめる相談者に私はハッキリと答えました。

「あなたと彼女との間に存在するのは“ご縁”ではありません。愛情とも違います。それはあなたの”執着“であり“我欲”です」

私の言葉に相談者は驚いたようにすぐに訊き返してきました。（３）へ続く。

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