第１２９５回　友達（３）

それは魚のような虫のような生き物の死骸です。しかし、よく見てみるとこれは卵が孵化（ふか）してヒヨコになる前の種卵です。種卵はウズラで孵化するまで17日、ニワトリで21日かかります。黒魔術では、施術者は魔法陣の上に立って自分の身を守りながら、悪魔を呼び出して悪魔の力を借りて望みをかなえていきます。そのためさまざまな生贄を捧げます。ただ、生贄に人間を捧げることはできませんので、人間以外の命ある生き物を殺して生贄とする黒魔術は数多くあります。孵化する前の種卵は人間でいえば“胎児”になります。これから命を得ようとする直前の生命力のある状態ですから、その力を信じて生贄として使うやり方もあります。さらにこの種卵と一緒に、髪の毛の束が入っていました。おそらく絨毯の上に落ちていた髪の毛や、ヘアブラシに付いていた髪の毛をしっかりと集めて種卵に混ぜたのでしょう。この髪の毛が相談者のものであることは間違いありません。友人で相談者の家に上がることができる人なら、髪の毛は簡単に集めることができます。私は少し気持ちを落ち着けてから相談者に話しました。

「このビスクドールをプレゼントした同僚とはどのようなお付き合いをしていたのですか？」

「………元々私の夫はこの女性と仲が良かったのです。交際することは無かったようですが、グループで遊びや飲み会をやっていたようです。私は二人とは部署が離れていましたので、二人の顔は知っていましたが、仲良くはありませんでした。あるとき会社のイベントの時に、彼女に紹介されて彼と仲良くなり、やがて付き合うことになりました」

彼女は力なくそういうと目を伏せました。

「シュンさん、彼女がここまで私を憎むのは、彼への愛情の裏返しですか？」

　やがて相談者は思い立ったようにそういうと私を見つめました。

「はい、この家に来る前から、強烈な嫉妬心が向けられている感じはしました。おそらくその女性は、友人としてご主人と接していながら自分が彼の花嫁になることを夢見て生きてきたのでしょう」

　私の言葉に相談者は明らかに動揺しています。相談者は同僚の気持ちに今までまったく気づくことが無かったからです。

「彼女はあまり友達は作らず、社交的ではありませんでした。でも、私が彼と付き合い始めるときも、結婚するときも彼女に話しましたが、自分のことのように喜んでくれたのです。もちろん夫と彼女が恋愛関係になったこともないと思います。それでもここまで私が憎いのですね」

　相談者はそう言ってしばらく黙りこくりました。

「彼女にしてみれば、表面上は二人の交際を喜んで見せなければ、大好きな彼の近くにいることができないと考えたのでしょう。その建前と本音の矛盾に苦しむ中で、自分でも気持ちを制御することができなくなったのです。だからこのような形でしか自分の思いを表に出すことができなかったのでしょう」

私には二人の女性の辛い気持ちが痛いほど伝わっていました。

「今、その同僚の方とはどういうお付き合いをしているのですか？」

私は静かに尋ねました。

「それが、私が結婚して1か月ぐらいで彼女は会社を辞めて連絡も一切ないのです。何か事件や事故に巻き込まれていないか心配なのですが、実家を調べて連絡するほど仲が良かったわけでもないのでそれ以来、音信不通になっています」

　相談者の顔には今までの長い戦いが終わったことで安堵の思いが滲んでいます。

「そうですか。もしかしたら彼女は生きていないかもしれませんね。“人を呪わば穴二つ”と言う言葉があります。ここまで強い呪詛を行うと、その当事者にも憎しみの念は飛んできます。だから“墓穴は2つ”になるのです」

　この黒魔術系の呪詛によって相談者はひどい目に遭いました。しかし、今はそのエネルギー源を処分したので、これからは時間が経過するごとに体調は元に戻っていくでしょう。愛情と憎しみは紙一重です。友達だからこそ、憎しみが増大することもあります。私は改めて人の念（思い）の恐ろしさを実感していました。

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