第１２９４回　友達（２）

私は手渡された人形をしばらく抱えながら、意を決して相談者に話しました。

「すみません、ハサミかナイフをお借りできませんか？」

私の言葉に相談者はギョッとしたように目をむきました。

「………もしかして、この人形を切り裂くのですか？えっ、本当に？」

　アンティークの人形は陶器でできているものが多くありますが、このビスクドールは、ヤギの革に“おが屑”を詰め込んで形作られています。私は相談者がためらっている間に、人形の腹部にナイフを突き刺しました。

「この人形は悪意で凝り固まっています。それはネガティブな感情をはるかに越えて、“呪詛”の域に入っています。そしてあなたも感じている“この臭い”です。この何かが腐ったような腐敗臭はこの人形から出ています。この人形の中には何かが仕組まれています。それがあなたの原因不明な体調不良を引き起こしています。そんなものをいつまでも大事に持っていてはいけません。これはあなたの命にかかわる問題です」

「………」

　相談者は無慈悲に人形の腹部を切り裂いていく私を見て、声を出すこともできません。彼女の感情は、悲しみや怒りや恐怖に覆われて頂点に達しているようでした。

　そして人形の腹部を裂くと悪臭がさらに強くなりました。

「中に何か入っています」

私は“おが屑”の中に油紙のような黄色い紙に包まれて何かが入っているのを見つけました。それをテーブルの上に取り出すと、紙の表面には何か文字のようなものがぎっしりと書かれています。それはアルファベットの「Ｎ」や「ｂ」や「Ｙ」を変形させたような文字でした。

「………ヘブライ語です。おそらくこれはヘブライ語で書かれた呪詛の呪文です」

　私は学生時代に、中世のヨーロッパでは流行した「ソロモンの鍵」などの“黒魔術”にハマったことがあります。当時は日本語に翻訳された「魔術書」は出版されていませんでした。そのため中世ヨーロッパの美術書の中に描かれた悪魔「サタン」や「ベールゼブブ」と共に書かれている魔術書をヒントにして、黒魔術を学んでいきました。当時見たヘブライ語の魔術書の中で、この文字を見た記憶があるのです。

　私は、テーブルの上に置かれた油紙を恐る恐る開いていきました。すると油紙の中にはとんでもないものが包まれていたのです。

「ウゲェー！」

　リビングに相談者の女性の悲鳴のような叫び声が響きました。私も思わず一瞬、目をそむけました。（３）へ続く。

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