第１２９１回　箱根駅伝　後日談　（２）

　レースがスタートしましたが、選手はほぼ全員が病み上がりですから、１区から中央大学はさえません。１区の２年生「溜池一太君」は、いきなり23校中19位と出遅れます。ただ、2区の4年生「吉居大和君」は2年連続で区間賞をとっている大エースです。ですからここから何人抜いて順位を上げてくれるのか、関係者は大いに期待していました。しかし、「吉井君」もいつもの力強い走りはみられず、区間15位の成績で、チームの順位も17位までしか挽回できませんでした。そして期待された3区の4年生「中野翔太君」も区間20位のタイムで、チームも23チーム中18位に後退しました。この時点でこの年の中央大学の惨敗はほぼ確定するかと思われました。それでも復路に入り6区の3年生「浦田優斗君」は区間5位と頑張ります。さらに7区の吉居大和君の弟、2年生の「吉居駿恭君」は区間賞の快走で、チームは6区10位、7区10位で11位以下を引き離して何とかシード権を確保できるところまで来ました。

　そして期待された8区でトラブルが発生しました。8区を任された3年生の「阿部陽樹君」は、タスキを受け取った直後から苦しそうに時折、お腹を押さえています。足取りはフラついていて体調が悪いことは明らかでした。そして他校の選手に抜かれても、必死で走り8区の残り1キロまで来ました。「阿部君」の後ろには、「藤原監督」の乗る監督車が、ピタリと付いています。藤原監督は監督車からマイクで「阿部君」に呼びかけました。その様子を見た誰もが、残り1キロまで来た「阿部君」を「藤原監督」は叱咤激励しているものだと思いました。しかし、よく聞いてみると、「藤原監督」は叱咤激励とは真逆のことを「阿部君」へ伝えていたのです。

「もう、ペース上げなくていいよ、このままで行こう。ゆっくり行こう。気持ちにゆとり持っていこう。もう十分に頑張れているから。大丈夫、大丈夫！」

　このシーンがSNSで拡散されると、「藤原監督」の振る舞いに涙するファンのコメントが相次ぎました。「やば、号泣すぎる」「だから大好き藤原監督！」「心暖かい名将だと思います」「優しさであふれてる」「勝負の世界でなかなかできる発言ではない」「いい人すぎるよ」「中大は今年また強くなれる」「来年、藤原監督が胴上げされるのが楽しみ！」

　私もこのシーンを見た時、フラフラになって走っている「阿部君」が、監督のこの言葉で「どれだけ救われただろう」と思い、心が震えました。藤原監督は、常に沈着冷静で「ロジカルに物事を考えている人だ」言われてきました。しかし、心の中には常に熱い情熱を持っていて、箱根駅伝の本番では監督車から精一杯の声を張り上げて選手を応援するため、1区が終わるころには、すでに喉がガラガラになっているのです。一方で良い意味でも悪い意味でも“関西人”で、その場を盛り上げるために自ら“ボケ”を入れたり、“ツッコミ”を入れてきます。“空気が読める”人間なのです。そんな藤原監督の人間性の豊かさが垣間見れた瞬間でした。

～もし、私が藤原監督の立場だったら、あの状況になったときに、同じような思いやりのある言葉をかけれるだろうか～

私にしても非常に考えさせられるシーンでした。

　結局、今年の中央大学は13位でレースを終えました。昨年のような好成績を残すことはできませんでしたが、体調がすぐれない中、監督も含めて全員で勝ち取った価値ある「13位」となりました。私は「シード権を取れるかどうか」そこだけに汲々として、こんな素晴らしいドラマを見逃していた自分が恥ずかしくなりました。そして来年もまた、美しいお正月の箱根路で、若者たちが全力で繰り広げる素晴らしいレースに期待が膨らんだのです。

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