第１２５８回　猫のこと（１）

　私は学生時代から猫を飼っていました。具体的には18歳のときに当時住んでいた実家に一匹の三毛猫がやってきました。そのころから犬・猫など動物の好きだった私は、自宅に時々訪ねてくる野良猫に、親の目を盗んでは冷蔵庫から餌になりそうな魚などを取り出して与えていたのです。そのころ交際していた同級生の彼女は、私のこの行動を知っていました。彼女も猫が好きでした。彼女はある日、友人と二人で市内にある“ペットクリニック”へ行きました。その動物病院では中絶できずに生まれた子猫を生後1か月ぐらい院内で顔見世していました。そして飼いたい人がいれば、無料で生まれた子猫を預けていました。飼いたい希望者がいなかった子猫は、その後、安楽死をさせられていました。そのとき彼女はペットクリニックの中にいたメスの三毛猫がとてもかわいくなり、預からなければ安楽死になることを聞かされたため、自分の家へ連れ帰ったのです。しかし、彼女はマンション住まいで、お父さんは管理組合の会長をしていました。そしてそのマンションは多くのマンションと同じようにペットの飼育は禁止されていたのです。彼女は何とかこの三毛猫を家で飼うように両親に頼みました。しかし、父親は自分が管理組合の会長をしていることもあり、頑として飼うことは許してもらえませんでした。そして困った彼女は私に相談してきたのです。私が猫好きであることは知っていましたから、この猫を私が飼わなければ、安楽死になってしまうと訴えたのです。猫はまだ掌に乗るような生まれたばかりの小さな命でした。それでも心臓はしっかりと動き、一生懸命呼吸して生きようとしていました。私はこの猫を両手に抱えると、もう彼女へ突き返すことはできませんでした。

　私は“ミーミー”と訴えている子猫を家へ連れて帰りました。私の家は一戸建てですが、両親は大の“動物嫌い”でした。特に母親は小さなころに、家で飼っていた金魚を猫に殺されたことがあって嫌がっていました。だから家にやってくる野良猫に私は親の目を盗んで庭で餌を与えていたのです。今、家に連れてきた子猫を私が「家で飼いたい」と言っても、両親から反対されることは目に見えています。しかも当時まだ高校3年生ですから学校もあります。私が連れてきた猫の面倒を見切れないことも明らかです。そのため私は覚悟を決めて、自宅の自分の部屋で勝手にこの猫を飼うことにしたのです。餌になるものは冷蔵庫の中を探せばいくらでもあります。牛乳も魚もあります。そして私はすぐにペットショップで子猫用のキャットフードを買ってきました。猫のトイレは私が段ボール箱を切り取って手作りして、その中に細かく切った新聞紙を並べました。そしてトイレはベッドの下に隠しました。餌と飲み水は、クローゼットの中に置きました。こうして親の目を盗んで自室で飼った子猫でしたが、当然のことながら、飼い始めて1週間もしないうちに猫は母親に見つかってしまいました。それは猫の口に戸を立てることはできませんから、猫の鳴き声が家の中に小さく響いていたのです。

　そして両親からはひどく怒られて、この子猫はペットクリニックからもらってきた彼女へ「すぐに返すように」命じられました。しかし、彼女の家では猫を飼うことはできませんし、動物病院へ返せば安楽死させられてしまいます。そこで私は一計を案じ、「なし崩し的にこの猫を家で飼うこと」と考えました。私は猫を彼女へ返す日を理由を付けては1日ずつ先延ばししていきました。そうして10日ぐらい伸ばしていると、両親にも少しずつ情が移ってきたのです。そして半月もすると、両親もこの子猫が可愛くなって家で飼うことを許したのです。とても気が強くて気に入らないことがあると、飼い主にしばしば本気で噛みついたり、引っ掻いたりするこの三毛猫は「ネネ」と名付けられました。私は大学へ入学したときから社会人になってもほとんど実家では暮らしませんでしたが、ネネは私が18歳の時から実家にいて私が33歳まで実家で生きたのです。（２）へ続く。

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