第１２２１回　殺人車（３）

話を聞いた段階で、この車が事件や事故に関わっていることは明らかでした。私は実際にこの車の運転席に座りました。そして静かに目を閉じて、この車が今までどんな景色を見てきたのか探りました。しばらくすると私の両膝と顔、そして首の辺りに激痛が走りました。それと共に地面と空が逆向きになり、目の前に地面が迫ったあと、口の中に血の味がしました。そのあと全身に痛みを感じて目の前が真っ暗になりました。きっと一瞬の出来事だったと思います。しかし、スローモーションを見ているように事故の映像が頭の中にゆっくりと流れました。30代中ごろの女性が、スーパーの買い物袋を持って信号機のない横断歩道を歩いています。周囲は日が暮れかけた夕方です。女性は前だけを見て速足で渡り始めました。もう少しで渡り終えるときに、黒光りした高級車が猛スピードで女性に向かって近づいてきます。そしてアッという間に車のバンパーが女性の両膝を跳ね上げます。買い物袋が宙を舞って中身が散乱します。女性の足は高く上がり、顔面からフロントガラスに激突します。フロントガラスに鮮血が飛び散り、ボンネットに落下した後、体は地面に落ちて車に巻き込まれます。車は女性を轢いた後、しばらく身体を引きずりながら走り去りました。

　さらにこの車からはこの女性の思いも伝わってきます。このときスーパーで買い物をした女性は、まだ小さな子供の夕飯を作るために、材料の詰まった買い物袋を持って家路を急いだのです。そのため暴走車がこちらに向かってきていることを確認せずに横断歩道に入りました。家にはまだ幼稚園ぐらいの子どもが二人、もう帰ってくることのない母親をずっと待ち続けました。母親は薄暗い部屋の中でお腹を空かして帰りを待ち続ける二人の子供に何度も話しかけました。しかし、その声は夜になっても決して届くことは無かったのです。

　私はこの映像を見て、すべてに納得しました。この車が誤作動により3回とも正面からぶつかっていたのは、車の前部に亡くなった女性の怨念が強く残っていたからです。そのため車の前部からぶつかるように力が働いていたのです。普通は交通事故によって命を落とした場合、そこで強く生に執着をすると、その現場（土地）に霊は残ります。しかし、今回はひき逃げによってまだ若い母親が亡くなっています。その無念さは相当に強く、土地ではなく自分を殺した車に取り憑いてしまったのです。そしてこの車を運転する人を恨み、土地や時空の波長が合えば車を操作して、自分と同じ死の世界へ呼び込もうとしていたのです。

「この車、人を殺していますよ、販売店からは“事故車”だという説明は受けませんでしたか？」

　私の言葉に、相談者は一瞬で固まりました。

「小さな事故があり、修理痕が残っていますが、“重大事故ではありません”と説明を受けました。まさか人が死んでいるなんて思いませんでした。どうりで安かったわけです………」

　そう言って相談者は黙りこくりました。私はこの人から依頼を受けて、この車に取り憑いた女性の霊をあの世へ上げて供養しました。そして車のお祓いをして、車内には神符をお守りとして入れたのです。それから2年ほど経ちましたが、車の誤作動は一度も起きていないと連絡を受けました。

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