第１２１４回　流行らないお店（３）

　オーナーはさらに話を続けました。

「このお店を造る時に、木材をふんだんに使った高級感のある店内にしたかったのです。そのことを工事をお願いした大工の棟梁に話したところ、私の希望通りにお店を造ると、材料費が高くて予算をはるかにオーバーしてしまうと言われたのです。そこで棟梁が隣の町にあった誰も住んでいない築２００年以上の古民家を買い取ることを提案してきたのです。古い木材で建てられた家ですが、材木は磨けばまだ十分に使えるのです。この古民家の建物を安く買い取って解体すれば、必要な材木を１本ずつ仕入れるよりもはるかに安く木材を調達できるのです」

　オーナーはそう言って胸を張りました。しかし、私はこの話を聞いてとても嫌な光景が目に浮かびました。それはまるでホラー映画のように斬りつけられて逃げまどう女性と、女性の首や足やお腹から噴水のように血吹雪が飛び散っている光景です。それでも加害者は逃げる女性を追いかけて、四つん這いで廊下へ逃げた女性を串刺しにでもするように上から刺し殺しています。私はオーナーに尋ねました。

「棟梁はあなたの希望に応えるために、そんな提案をしたのだと思います。ただ、その古民家が、いつごろからどうして誰も住まなくなったのか、話はしていませんでしたか？売主はどのような方だったのでしょうか？」

　オーナーは予期しない突然の質問に驚いたように答えました。

「いや、特に売買のいきさつについては訊いていません。私は予算内で必要な木材が安く手に入ったことで棟梁には感謝しています。何かあるのでしょうか…」

私はしばらく間をおいてから静かに話しました。

「…非常に申し上げにくいのですが、このお店で使われている木材にはとても強い恨み・憎しみ・悲しみなどネガティブな思いが沁みついています。それはすでに100年以上が経過しても、未だに残っています。おそらく人の生死にかかわるような問題です。あなたには霊的な感覚はありませんから何も感じないのかもしれません。しかし、少しでも霊感のある人であれば、この思いは堪えられなくなるほど重いのです。そのためこれだけ立派なお店においしい料理を並べても、お客さんは再びここに来ようとは思わないのです。この重たい念はそこにいる人に、程度の違いこそあれ例外なく“不快感”を与えているからです。だからスタッフもお客さんもこのお店に寄り付かなくなったのです。どれだけおいしい料理やお酒を提供しても、理屈抜きにしてお客さんは嫌な感じを受けてしまっていたのです」

「………」

私の話を聞いてオーナーは絶句しました。私はさらに話を続けました。

「店内の材木からはすべて強い恨みと悲しみの思いを感じますが、特にこのカウンターの１枚板は最悪です。もし、誰かがこの古民家で殺されていたとすれば、その人の流した血液が大量にこの１枚板に吸い込まれています。お店を全部壊すことはできなくても、このカウンターの木材はすぐに剥がして、お寺へ持ち込んで供養してから処分してください」

「………わかりました」

オーナーは力なく私の話に同意しました。そして気になったオーナーが地元の不動産屋や図書館で調べたところ、明治時代初期にこの古民家で殺人事件があったことが分かりました。同居していた長男の弟が、愛情のもつれから長男の妻を殺害した事件でした。深夜寝ているときに弟からナタで襲われた義姉は、血まみれになって逃げまどいながら廊下で刺殺されて絶命しました。寝室から廊下まで血の海で、警官も思わず目をそむけた事件でした。そして義姉が息絶えた廊下の板が、このお店のカウンターに使われていたのです。その板の上で出される料理やお酒はいったいどのような味がしたのでしょうか…。

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