第１１１２回　もう一人の私（１）

　以前、不思議な体験をした人から相談を受けました。その人は会社員をしている中年の男性です。郊外の住宅地に一戸建ての家を建てて妻と二人の子どもと一緒に住んでいます。ある日、会社から帰ると妻から思わぬことを言われました。

「ねえ、あなた、迷子になっていた隣のお爺ちゃんを家まで連れて行ってあげたんですって？今日、隣の奥さんがこれを持ってきて、“その節は本当にありがとうございました。おかげで義父は無事に家に帰ることが出来て本当に助かりました”って、すごく感謝していたわよ。隣のお爺ちゃんは、最近は認知症が進んでいて、かなり遠くまで徘徊することがあるんですって。そして帰り道が分からなくなって、警察に保護されたこともあるんですって」

妻はそう言いながら、お菓子の詰まった缶を相談者へ差し出しました。

「えっ、何それ、オレは全然記憶にないけど………。隣のお爺ちゃんは、もう半年以上も顔を見てないよ。隣のお爺ちゃんの勘違いか、隣の奥さんの聞き間違いだろう」

相談者はそう言って、お菓子の缶の蓋を開けかけていた手を慌てて戻しました。

「えっ、じゃあ、このお菓子どうするの？やっぱり隣に返しに行った方がいいわよねえ………」

妻は困惑したようにそう言うと、お菓子の缶へ目線を落としました。

　実は相談者は最近、似たような出来事が何度も続いていました。会社の同僚と朝、オフィスで顔を合わせると、

「お前もパチンコなんてやるんだな？昨日の会社の帰りに、駅前のパチンコ屋へ行っただろ、たまたまオレは近くを歩いていて、お前が入るところを見ちゃんたんだよ、どうした？儲かったのか？」

同僚はそう言ってニヤニヤと笑いかけてきました。

「パチンコ屋か？オレは学生の頃には何度か行ったけど、行くたびに損しかしないから、社会人になってからは一度も行ってないよ」

憮然として相談者が答えると同僚は、

「またまた？オレ、昨日見ちゃったんだから」

そう言い返して何か弱みでも握ったように、嫌らしく笑いました。

　さらに他の友人からは、

「お前もやっぱり女は若い子が好きなんだなあ、昨日会社の近くの本屋で、グラビアアイドルの写真集見てただろう？そんな趣味があるのはちょっと意外だったけどさあ」とか。

　上司から、「〇〇君、体の具合、どこか悪いのか？私は持病を持っているから、毎月一回大学病院で検査を受けて薬を処方してもらっている。おととい病院の待合室で、君を見かけたよ、何かだるそうに、うつむいて順番待ちをしていたね。声をかけるのも悪いと思って素通りしたけど、悪いところがあるなら早めに治さないといけないからね。言ってくれれば、治療を優先できる部署へ代わることもできるからね。無理だけはしないようにね」とか。

　妻から「子供が、あなたが食料品のスーパーへ入るところ見たって。食べたいものがあるなら、言ってくれれば私が買ってきますよ、何を買ってたの？」

など、まったく身に覚えのないことをしばしば訊かれていたのです。（２）へ続く。

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