たとえば車を運転して事故を起こした時に、車のバンパーやボディーがぐっしゃりと凹んでいても、エンジンや駆動系など車の主要部分が壊れていなければ、車は比較的容易に修復できます。人を轢き殺した車は、バンパーやボディー、またフロントガラスなどを激しく損傷します。しかし、肝心のボンネットの中身が無傷であれば、十分に修復はできるのです。また、修復して一見きれいになった車は、中古車市場に出すときに、「この車は人を轢いています」と売主は申告しません。その義務もありません。事故で修復した跡が車に残れば、買主は「これはどのような事故をしたのか」質問することはあります。そのとき売主は、実際には死人が出た事故であっても、「ガードレールにぶつけてしまった」とか、「対向車と接触してしまった」と言えば、それ以上追及されることはありません。不動産賃貸の”事故物件“は、その部屋で自殺や殺人などがあって「心理的瑕疵」が伴う物件は、その内容を告知しなければならない義務があります。しかし、中古車を販売する場合、その車の「修復歴」は告知する義務はあります。ただし、それは売主がその車が事故車であることを知っていた時の話です。知っていなければ告知しなくても良いのです。さらに「修復歴」は告知しても、その事故の内容まで詳しく説明する必要はありません。ですから人を轢き殺してしまった車を売っても、実態としてはそのことを買主に伝えることはありません。ですから”安い“と思って買った車が、実はとんでもない重たい因縁を抱えている可能性は常にあるのです。
私はこの2台の車の運転席に座り、どんな出来事が起こっていたのか霊視をしてみました。すると「R30日産スカイライン」は助手席に座っていた運転者の友人が、“箱乗り”をして暴走運転をしていた時に、社外に放出されて頭を強く打って死亡しています。箱乗りは、暴走族などが、車の窓枠に腰かけて、体を車外に出して乗車することです。この車の持ち主は、仲間と共に暴走運転を繰り返し、その最中にカーブを高速で回ったときに、同乗者を振り落してしまったのです。運転者も亡くなった同乗者もまだ20歳前後の若者です。亡くなった若者は、ルールを無視した自分の行動と、運転者の無謀運転で命を落としています。そのことに対する後悔と生に対する執着は強く、命を落としたこの車にしっかりと取り憑いています。
そしてもう1台の「マツダRX8」は深夜の峠道を走行中に、右カーブで対向してきたオートバイが、中央線をはみ出してこの車の前に現れます。運転者はあわててハンドルを左に切ってオートバイを避けようとしました。しかし車のフロントバンパーの右端が、バイクと接触してしまい、ライダーの体は大きく跳ね飛ばされてしまいました。そして全身を強く打って即死しています。そのときの事故の様子はスローモーションを見るように亡くなったライダーの記憶に刻まれています。まだ、二十歳前の若者ですから、生に執着して事故現場には何度も訪れています。自分の乗っていたオートバイは、ぐちゃぐちゃですから事故後に廃車になっています。車の方は右前のバンパーやボディー、フェンダーの交換で修復できましたから、表面上はきれいになって中古車屋さんに買い取られていったのです。どちらの車も、車に対するダメージは軽微でしたから、比較的安価で修復することはできたのです。しかし、そこには実に重い亡くなった人の怨念が、刻み込まれていました。こんな状況の車を運転して、峠道を疾走していれば、今までに事故を起こしていないことが奇跡でした。
私はこのあと2台の車のお祓いをして、息子さんの帰宅を待ちました。そして息子さんに憑いている2体の霊を祓いました。それから息子さんのおかしな言動は収まりました。お祓いをした車の中には、神符を入れることで悪影響が出ないように守りました。この2台の車は、今でも息子さんが運転して時々峠道を疾走しているということです。