私は喫茶店でオーナーと話しながら、居酒屋の店内を想像して、吐き気を催しました。大量の欲望と憎しみと血液がしみ込んだ木材で作られた空間は、私のように霊的に敏感でない人でも、多くの人が、不快感を持ったはずです。どれだけおいしい料理やお酒が出されても、このお店の中で心地よく過ごすことはできません。人は感度の違いこそあれ、誰にでも霊的な感性は備わっています。このお店のオーナーのように霊的感性のかなり鈍い人でなければ、この空間にいることは苦痛でしかありません。ですからこの店内でオープンからラストまで毎日働いている従業員は、きっと堪えられなくなって辞めていったのでしょう。
オーナーは心配そうに私を見て尋ねてきました。
「シュンさん、それでこのお店は再生できるのでしょうか?私は自分でも感じていますが、霊感はまったくありません。ですからお店の中にいても特に嫌な感じは受けません。しかし、古民家にまつわる因縁を知れば、私でも嫌な気持ちになります。お客さんや従業員が私よりも強くあのお店に嫌悪感を持つとすれば、ビジネスとしてあの居酒屋を経営していくことは不可能です。でも、かなりの大金を出して造ったお店ですから、できれば継続していきたいと思っています。シュンさんに“お祓い”していただくことで何とかなるなら、ぜひそれをお願いしたいのです」
私はもう一度、店内に入り、どのような者たちが、どのように悪影響を出しているのかを確認しました。まず、殺された人の流した血が沁み込んだ木材は、直接血を吸っている個所をチェックして、その部分は切り取って新しい木材で補修します。血を吸った木材が店内に残されている限り、除霊で霊を祓っても必ずまたこの場に戻ってきます。そしてお客さんやスタッフに不快感を与えるでしょう。次に殺された人を特定して、その人の魂を浄霊します。”近親憎悪”と言う言葉がありますが、家族や親族間で憎しみが募ると、それは他人よりも強く現れます。しかも、今回は殺されていますから、その分、強く生に執着しています。この状態の霊は、祓っても現世にとどまっていれば、必ず舞い戻ってきます。ですから祓った上で、上げてしまわなければなりません。そしてあと1体、この家の中で孤独に死んで何か月も放置された霊も上げる必要があります。この霊は一族の中の最後の一人ですから、おそらく葬儀も納骨もきちんと行われていない可能性があります。まずは血塗られた木材を剥がしてお焚き上げをします。それから亡くなった方の霊を浄霊します。その後で店内のお祓いをします。少し気が遠くなるような工程ですが、ここまで実行すれば、古民家に残る因縁を祓うことはできます。私はこの作業の意味と作業内容をオーナーに説明しました。オーナーは、
「それで普通に営業を継続してくことが出来るなら」
と、この作業を始めることに同意しました。私が行う霊的な対応は、1日2日で終わるものではありません。時間も労力も費用も掛かります。その他に木材をかなりの部分で入れ替えますからその代金も必要になります。それでも経営者は、この店を手放して、他の場所でお店を開くよりは、ここで営業を継続することを選びました。オーナーは私からこれからの作業の説明を聞いた後、ポツリと呟きました。
「お店を造る費用を少しでも安く抑えようとして、棟梁の提案に飛びつきました。確かに木材は安く仕入れることはできましたが、とんでもない買い物をしてしまいました。人の思いとか気持ちは、これほど強く残るものなのですね。決して安い授業料ではありませんでしたが、良い勉強になりました」
「………」
私は黙ってうなずきました。
いつもお金儲けに汲々として、人の気持ちを考えずに生きてきたオーナーでした。私はその欲に翻弄された生き方が、結局はこれほど因縁深い物件を呼び寄せる一因になっているように思えてなりませんでした。別れる時のオーナーの横顔は、何か“憑き物が落ちた”ように、清々として見えたのです。