私の右隣にいる中年男性も私と同じように紙コップに注がれたビールを飲んでいます。昔「ベイスターズ」で活躍した選手の名前を挙げながら、私と一緒に「ベイスターズ」談義で盛り上がっていたのです。そしてチャンスになれば大声を張り上げて私と一緒に声援を送っていました。その間に何度も紙コップのビールを口に運んでいます。しかし、ふとコップを覗き込むとビールが全然減っていないのです。もっと言えば、野球場のベンチで体を動かしながらビールを飲んでいるのに、コップの中のビールはまったく揺れていません。また、時々スタジアムの中を風が舞っているのに髪の毛も動いていません。

~この人は本当に生きている人間なのだろうか… 私は幻を見ているのではないのか~

そんな考えが頭をよぎりました。でも、こんなにはっきりと見えているし、こんなにはっきりと会話をしているのです。それなのにこの人が霊なんてことがあるのだろうか…

 私がそんなことを考え始めた時、私の思いが伝わったように、中年男性はうつむきながら話し始めました。

「私も昔からベイスターズの大ファンでね、沖縄キャンプも見に行きますし、時間があれば横須賀まで『湘南シーレックス』(2000年から2010年まで存在した横浜DeNAベイスターズのファームチームの名称)の試合も見に行くんです。他に何か趣味があるわけじゃないんで、『浜スタ』(横浜スタジアム)には、時間があれば見にきています。あの日も今日と同じように残業が残っていて、5時半には会社を出たかったのに、仕事が終わったのは8時を過ぎてしまいました。それから会社を飛び出して、速足で走りながら来たのですが、慌てていたために市役所前の道路を無理矢理渡ってしまったんです。右側から来た車が通り過ぎた後、さっきまでいなかったのに左側から猛スピードで車が接近していたんです。それにぶつかってしまったんですよ。あなたは観える人みたいですね。今でも『ベイスターズ』の勝敗が気になって、試合があればこうして応援に来てしまうんです。私は以前から『浜スタ』に来るときは、1塁側のこの辺りで試合を見ています。私のように死んでもなお、応援に来ている人はこの辺りにはまだ数人いるんですよ」

話を聞きながら、何気なく覗き込んだ中年男性の顔は、額が割れて、赤黒い血が顔全体を覆っていました。そして首がぶらぶらと力なく揺れていました。

 霊は波長がピタリと合うと、生きている人と見間違えるほどはっきりと見えます。私は歩道を歩いているときに、正面から歩いてきた人とぶつかったと思った瞬間に、その人の体が抜けたことが何度もあります。自転車をふらふらと漕ぎながら、私にぶつかって抜けていった人もいました。しかし、ここまではっきりと会話が進んでいるのに、死者と気づかないことはめったにありません。このとき私の霊的なスイッチは完全にオフになっていましたが、それでも霊体はしっかりと見えてしまうのです。

 私は左隣に座っている友人に何気なくに確かめました。

「今日はオレの右隣は、誰も来ないね。指定席取っているのに来ない人もいるんだよね。もったいない」

私の言葉に彼は大きく頷きました。

「急な仕事が入ったとか、何か用事が出来たとか、いろいろあるんじゃないの?でも、今日はあなたは、ずっと右の空いた席を見ながら、独り言を言っているじゃない。何か応援も上の空だしさ、まるで右隣に誰かいるみたいで気味悪いよ」

彼はそう言って苦笑いを浮かべました。

「幻だよ、ちょうど隣の席が空いているから、このスタジアムに棲んでる幻の『ベイスターズファン』がやってきて座るんじゃないかと思ってね、ちょっと呼んでみた」

彼は私の正体はもちろん知りません。ですから私が冗談を言っていると思い、私の言葉は気にも留めないで、目線はグラウンドに注がれていました。霊的な間口の広い人は、渦潮の渦の直径が広いようなものです。その分、無意識のうちに近くにいる不浄霊を呼び込んでしまうことがあるのです。

 


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