その日はそれから友人の部屋で二人でお酒を飲みながら、趣味の話や学校の話で盛り上がっていました。しかし、心の奥にはずっと505号室の前で立ち止まった霊のことが引っかかっていました。

「このマンションって空き部屋は多いの?古いけどその分、家賃安いし駅に近いから人気あっても良いと思うけど…」

私の言葉に友人は大きくうなずきながら答えました。

「その通り。大きなマンションだけど、空き部屋は下の部屋だけじゃないかなあ…。オレにしてみれば下の部屋に誰も住まない方が気を遣わなくて良いんだけどね。オレがこの部屋に引っ越してきてからもう1年半だから、なかなか人が入らないねえ」

私は思わず聞き返していました。

「下の部屋って事故物件とかじゃないのか?すぐに人が入っていても良いような物件だけど、それでいて1年半以上も入らないのは変だよなあ」

私は気になって友人の顔を覗き込みました。

「まあ、言われてみればね。下の部屋が事故物件とは聞いてないけどさ。でもオレは霊感ないし、そういうの全然気にしないから、もし下の部屋で誰か死んでいたとしても平気だけどね」

友人はそう言ってテレビのリモコンをいじり始めました。

 

私はこのときすでにエレベーターで会った霊は、友人の下の部屋で亡くなっていると確信していました。それは下の部屋の居間の梁にかけたロープをクビに巻いて吊り下がっているさっきの女性の姿が、何度も頭をよぎっていたからです。そしてその映像が頭に浮かんだ瞬間、この霊の情報が堰を切ったように流れ込んできました。この女性にパートナーはなく、家族や友人との関係もほとんどないため、死後1か月間も梁に吊り下がったまま放置されていたのです。この女性はお子さんが一人いて離婚しましたが、子供はご主人が自分の実家へ連れて行ってしまいました。この女性は子供のことは愛していましたし、離れたくはないと思っていました。しかし元々精神的に不安定な方で、手に職もありませんでした。そのため彼女が離婚後に子供を育てていくことは困難だと家庭裁判所は判断したのです。子供と会うこともできなくなった女性は、悲しみの中で生きていくために水商売のお店に勤めました。元々顔立ちは美人でしたのでお客さんにはよく口説かれました。そして何人かお付き合いをした男性はいたのですが、交際して時間が経つと、男性は皆離れていきました。この女性は感情の起伏が激しく、それを自分で制御することが出来ません。そのためいつも彼女に振り回される交際相手は、時間が経つと皆さじを投げるようにして彼女から離れていったのです。そして、生きることに絶望した彼女は、505号室で自殺をしたのでした。

 

この日の夜、友人の家でお酒を飲んでいた私たちは、深夜1時を回って寝ることにしました。友人は自分のベッドで、そして私は友人のベッドの脇に布団を敷いてもらって眠りにつきました。しかし、私は目が冴えてしまってまったく眠ることはできませんでした。そして時々、腕時計を見ながら時間を確認していました。それは今夜、この霊と同調した私は、霊の力がもっとも強く出る“丑三つ時(=午前2時~午前2時30分)に合わせて、この霊と遭遇することになると感じていたからです。亡くなったあと1か月以上も放置された遺体からは、体液が漏れ出して、それは床を伝って、405号室の天井裏までしみ込んでいました。そのため405号室を訪れた霊は、自分が住んでいた505号室へ回り、、今日私と再び同調したため、きっと私の元にやってくるのです。私は布団の中で両手で印を結びながら、口の中でずっとマントラを唱えていました。そしてちょうど午前2時になったときです。

“ドンドンドンッ!ドンドンドンドンドン!バーン!”

玄関のドアを叩き、最後にはドアを思いきり蹴飛ばしたような大きな音が友人の部屋に響き渡りました。

「何だ!誰だ!何なんだ!」

あまりの爆音に眠っていた友人は飛び起きました。そして玄関へ向かって走り出しました。

「出るな!絶対にドアを開けちゃダメだッ!」

私は様子を見に行こうとした友人を全力で制止しました。この霊は私がマントラを唱えて室内に入れないようにしたため、怒りに任せてドアを叩いて脅かしたのでした。友人はドアは開けずにドアスコープから廊下の様子を探りました。

「………誰もいない」

友人はそうつぶやいて部屋に戻りました。霊感のない友人でさえこの霊とつながれたのは、そのときまだこの霊は、下の部屋にずっととどまっていたからです。

 

 


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