私は大きな声で、はっきりと分かるように二人に話しかけました。
「………」
しかし、運転席の老婆は何も答えません。それは助手席の中年女性も同じです。答えないばかりか、二人は私に一瞥をくれることもなく、ただ、真正面だけを見たまま車をゆっくりと前進させました。私は通り過ぎていく二人の乗ったトラックをしばらく眺めていました。
~なんだ、この二人生きているのか?絶対におかしいだろう~
私は全身に鳥肌が立っていることに気づきました。ただ、私には今目の前を通過した車は幻覚ではなく、現実に存在する実車だと思えたのです。実際に運転席の窓を開けていた私には、通り過ぎたトラックのエンジン音や廃棄ガスの臭いがしっかりと感じられたのです。
あの車が通ってきたということはこの藪の向こうにも道はあるはずです。私はまずは車を降りて、前方を塞いでいる木の枝をどかしてみました。するとその先には、確かに小道があってはるか先まで迂回しながらつながっていました。私はこのまま前進することに不安はありました。それでもここから真っ暗な山道をバックで戻る危険と天秤にかければ、前へ進む方を選びました。まず、街灯もない真っ暗な山の中ですから照度の強いヘッドライトの明かりは強い味方になります。車のバックライトでは明るさが低いので、バックライトで崖ギリギリの狭い山道をバックで戻ることはかなりの危険が伴います。そして何よりもトラックが通ってきたのだから、乗用車が通れないわけはないのです。私はそうして何度か車を降りて道を確認しながらも、けもの道のようなこの山道を通過して、幹線道路へ抜けることができたのです。
私はかなり危ない思いはしましたが、この日無事に家に帰ることができました。しかし私の中では何かスッキリとしないモヤモヤした感じがずっと渦巻いていました。“まず、私は何度も通った道なのに何であんな狭い山道に迷い込んでしまったのか”それを確認したかったのです。さらには幹線道路に戻ったあの山中の道は何なのか。私はこのことを確認するために、地図を開きました。すると幹線道路から脇道に入ったあとに、ダム方面や町役場の方へつながる細い道が一本あることが分かりました。ただし、この道は地図の上では途中で途切れて無くなっていました。そこから私が幹線道路へ戻った場所までは完全に山中になっていて、地図上でそこに道は存在しないのです。
私はどうにも納得ができませんでしたので、後日、自分が通った道を探すために再び幹線道路から脇道に入りました。私はこの道の先がすれ違いもできないほどに狭くなっていることは先日、体験しましたから、途中まで行ってUターンできる場所に車を止めて、そこから歩いて先へ進みました。するとどうでしょう。私が汚れたトラックとすれ違った場所は藪から垂れ下がった木々が道を塞いで前へ進めなくなっていました。そこで私はあの夜と同じように、この木々をどかしてその先の道を確かめました。すると何かを運搬するために作られた古い山道がその先まで続いていました。しかし、その入り口にはコンクリートと鉄柵にチェーンが厳重に巻かれて道がふさがれていたのです。それもこの道を塞いだのは最近のことではなく、おそらく何十年も前のことであるのは、サビついた鉄柵やチェーンを見れば明らかでした。私はこの道の出口にあたる反対側も確認しました。状況はまったく同じでした。道はありましたが、「道路封鎖中」「通行できません」と書かれた看板と共に、私が通ってきた山中の道は侵入不可能な状態で封鎖されていたのです。私があの夜、通ってきた道はいったい何だったのでしょうか。そしてすれ違った二人の女性とトラックは何だったのでしょう。私は崖に落ちそうなギリギリの状態で狭い山道を通っている中で、また知らない世界へトリップして、そこで救われてこの世へ戻ってきたのでしょうか。私には、目に見えている世界の他に、目に見えない迷い道がこの世には存在しているように思えてなりません。そして運が良ければそこから目に見える現実の世界に引き返すことができます。でも、運が悪ければ、そこからこの世界へ戻ることができずに、いつまでのその世界を漂い続けてしまうのではないでしょうか。