相談者はこのままではどうにも自分の気持ちを抑えることができなかった。そして山上に一言でも憎しみの言葉をぶつけて、山上を憎んでいる人間がこの世に生きていることを知らしめてやりたかった。そうでもしなければこの男に殺されたみずきの無念は晴らせない。できれば山上を執拗に追い込んで左遷・退社・離婚するまで痛めつけてやりたかった。山上が幸せに仕事を続けて、家族と仲良く暮らしていることなど絶対に許せないと思った。時間は夜11時を回っていた。気が付くと相談者は山上の自宅へ電話をかけていた。

「あっ、もしもし山上さん?」

「はい、もしもし」

電話には女性が出た。

「あなたは奥さんか?旦那さんいますか?私は××と言います」

相談者はわざと乱暴に話した。

「主人はここにはいません。こんな時間に何の用ですか?」

電話に出た女性は明らかにいら立っていた。

「あんたは山上の奥さんだろ、あんたの旦那が部下の女子社員に執拗にパワハラを続けてその子を自殺させたんだよ、あんた、知ってるんだろ、最低の人間だよ、あんたの亭主は。オレは死んだ女子社員の身内の者だ。どうにも我慢ならなくてな。このままじゃ済まさねえぞ、わかってんのか?お前の親は□□会社に勤めてるんだろ、そこの◇◇部長なんだろ。そしてお前の子供は〇〇中学と××小学校の〇年×組だってな。担任は△△って言ったな、全部調べさせてもらったからな。これからみずきの仇を取ってやる。亭主にも言っておけ、楽しみに待ってろってな!」

相談者はわざとガラ悪くそう捲し立てた。

「あなた、どこの誰だか知らないけど、いい加減にしなさいよ、山上の実家にも私の実家にもおかしなもの送りつけてきて!実家や子供は関係ないでしょ、あなたが小学校の前で娘に声かけたことは、警察に言って調べてもらっていますから。実家に送り付けてきたナイフとネズミの死骸も警察が持ち帰って調べています。これは明らかな脅迫ですよ。毎晩のように嫌がらせ電話をかけてきていることも含めて警察に被害届を出していますから。あなたはもうすぐ逮捕されるでしょう。あなたこそ楽しみに待っていなさい!」

山上の妻と思われる女性は、そう言って電話を叩き切った。

 

相談者は電話を切った後、ふと我に返った。自分が抗議の電話で話をしたのは、今が初めてだ。もちろん、娘の小学校へ行ったこともないし、実家へ嫌がらせや脅迫をしたこともない。でも、もし山上の妻が言っていることが本当ならまずいことになるのではないか。警察の捜査が始まっていて、今の電話が逆探知されていたら、自分の家が判明してしまう。朝、山上の会社に電話をかけたことも、記録されているかもしれない。そうなれば自分が脅迫事件の犯人として、警察に捕まる可能性があるのではないか…

~これは困ったことになった~

でもいったいこれはどういうことなのか。相談者は警察という言葉と脅迫という言葉を聞いて一気に目が覚めた。もしこれで本当に逮捕されたら、自分の人生はおしまいだ。

~パンドラの壺の蓋を開けたのは確かに自分だ。そしてその中に落ちるのも自分だということなのだろうか~

相談者は今までずっとみずきのことしか頭になかった。でも少し冷静になって状況を考えた時に、自分は単にみずきに踊らされていただけではなかったのか。そう思うとみずきも山上も何もかもが信じられなくなっていった。(9)へ続く。

 


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