「みずき」のパソコンに保存されている文書の中には、まずは上司の課長「山上」に対する不満と怒りがあふれていました。みずきの文書によると、山上はみずきに対して、パワハラとも思えるようなひどい接し方に終始していたのです。みずきの文書をいくつか抜粋します。
「おとといから山上に命令されて、営業の加藤さんのプレゼン用の資料を作っていた。今日の午後に加藤さんのプレゼンがあるから、今日の朝10時までには完成させて、加藤さんに渡すように言われていた。面倒なのは、グラフの作成だ。先日業者に依頼した調査項目の重複したアンケート結果を個別に集計してグラフにまとめなければならない。これを一人で行うには、どう考えても3日はかかる。昨日はお昼を15分で済ませて夜10時まで残業して今日の朝10時に間に合わせた。目は充血して肘にはバンテリンを塗って1日半で終わらせた。夕方、帰ってきた加藤さんは成功したプレゼンの結果を笑顔で私に伝えてくれた。でも、山上は私には一言も話さずにサポートデスクの佐藤さんをほめたたえた。佐藤さんの作った資料がとても分かりやすくて、クライアントを納得させたという。何で私の前でわざわざ佐藤さんを誉めたたえるのか。これは私に対する当てつけとしか思えない。本当に嫌なヤツ。どこかへ飛ばされれば良いのに」
「今日は山上が議長なって、営業とサポートデスクが一体となって、効率よくクライアントにアピールできる映像の作成について話し合った。私は課内の会議ではほとんど発言しない。私が何か意見を述べても、必ず山上に否定される。他のメンバーは正面から山上には逆らえないので、結局私が攻撃されて終わるのだ。今日は部長がたまたま会議に参加したため、山上は部長の手前、私にもアイデアを出すように要求した。仕方なく私が意見を述べると部長は時折うなずいて、私のアイデアを認めてくれた。しかし、山上は私の話を聞き終わると、私のアイデアのリスクとマイナス要素だけを強調してきた。そして今週中に再度、私の提案を企画書にまとめて提出するように命令した。山上は結局、部長の前で私を否定するために、意見を求めてきたのだ。会議が終わると部長は私を目を合わせることなく会議室を退出した。山上はこうやって私が社内で孤立するように仕向けてくる。本当に嫌なヤツだ。どこかに消えてほしい」
「今日は山上に頼まれていた資料をまとめて、山上の席まで持参した。山上は私がまとめた資料にざっと目を通しただけで内容もよく確認しないまま、私を罵倒してきた。“いったい何年仕事やってるんだよ、こんなもの資料にも何にもならないでしょう。もう、あなたには頼まないから、データの集計でもやってなさい”そういうと、私が1日かけてまとめた資料をそのままデスクの横のゴミ箱に放り込んだ。それも他の社員に聞こえないように小声で押し殺すように私を罵ってくる。大声を出せばハラスメントになるため、私を罵倒するときはいつも他の社員に聞こえないように小声で言ってくる。本当に嫌なヤツ、早く左遷されてしまえ!」
このような文書が日記のように大量に保存されている。そしてこれらの文書の背景には「呪」や「怨」の文字が点滅している。相談者はこんな文章ばかりを読んでいるうちに自分の気持ちまで落ち込んでしまいました。そして疲れて会社から帰宅した後、こんな文書を作成することで自分の気持ちを紛らわしている「みずき」という女性がかわいそうに思えてならなくなった。
だが、同じ「みずき」の保存文書でも裕也についてはまったく別のことが書かれていた。
「裕也は今日も会社の帰りに私を待っていた。会社を出て駅へ向かう途中、いつものように路地から突然現れて私を驚かせた。そして私を食事に誘い、お酒に誘い、ホテルへ私を誘った。裕也の体はいつも暖かい。凍り付いた私の心と体をいつもやさしく解かしてくれる。裕也がいるから私は生きていける。私は裕也を生涯離さない。心から愛している」
大好きな彼氏のことを嬉しそうに綴る文書もなぜか「パンドラの壺」に紛れている。この文章の背景は黒く塗りつぶされてはいない。パステルカラーを背景に白金に輝く三日月や星が空にまたたいている。
みずきの文書を読んでいるうちに、相談者の気持ちは明らかに変わってきた。会社でパワハラに遭って辛い思いに堪えているみずきが身内のように心配になった。そして大好きな彼氏のことを嬉しそうに綴る素直なみずきがかわいらしく思えてきた。相談者は保存文書の中にあった「みずき」が会社へ提出した業務報告書を改めて確認した。そしてそこに書かれた会社の住所を頼りに、みずきの勤め先まで足を運んでいた。そして今、見上げたこのビルの中にみずきがいることを想像して胸をときめかせていたのだ。(6)へ続く。