「シュンさん、私はこれからどうやって妻に接していけばよいのでしょうか?」
私の言葉を聞いて気持ちを落ち着けたご主人は静かに私に尋ねてきました。ご主人からすればずっと隠していた恥ずかしい性癖が奥さんにバレてしまったのです。私から、奥さんに離婚する意思のないことを聞いても、まだ、安心はできないようでした。
「今まで通り、何もなかったことにして、この件には触れずに過ごしてください。奥さんは自分があなたのパソコンの秘密のフォルダを見たことが、あなたにバレているとは思っていません。そしてあなたの性癖に困惑したと思いますが、それを誰かに話したり、あなたを問い詰めるつもりもありません。誰かに話せば自分の夫がその人からおかしな目で見られることになります。それはあなたを愛している妻からすれば望むことではありません。そしてあなたを問い詰めれば、あなたが秘密にしているパソコンの中を自分が執拗に探ったことがあなたに分かってしまいます。そして問い詰めることによって、今まで幸せに暮らしてきた夫婦関係に溝が入る可能性もあります。つまり、奥さんからすると、この件を表面化させても何ら良いことはないのです。それなら今まで通り、知らん顔をしてあなたと二人で仲良く暮らしていくことの方がはるかに幸せになります。奥さんはそのことをちゃんと理解しています。問題が生じた時、それに対処するのではなく、見て見ぬふりをして表面化しない方が傷を残さずに解決できることもあります」
ご主人は私の話を聞いて、ようやく笑顔を取り戻しました。
「ただし、あなたの性癖については絶対に奥さんには分からないように、今まで通り隠し続けてください。今、奥さんの気持ちはあなたに向いています。それでも人の気持ちは時間とともに変わるものですから、いずれこのことをきっかけにあなたを嫌いにならないとは限らないのです」
ご主人は大きくうなずいて帰っていきました。
今の問題は、相談者の不安が独り歩きしてどんどん膨らんでいきました。しかしこのご夫婦は元々強い愛情で結ばれていましたから、大きな問題にならずにやり過ごすことができました。しかし、パソコンでもスマホでも大きな容量を記憶できるものですから、そこに何か強い思いが込められていると、それを見た人に大きな影響を及ぼすことがあります。以前、中古のパソコンを買った方が、内臓ハードディスクに消去されずに残っていた文書を見てしまったことで、恐怖の体験をすることになりました。少し前の話ですから、パソコンを取り巻く環境も今よりはるかに遅れていました。今、中古のパソコンを買ったときに、ハードディスクに動画とか文書が残っていることはまずありません。しかし、昔はまれにそんなことも起こっていました。
この件で私に相談した男性は、元々パソコンのハードユーザーではありません。ですから自分のパソコンが故障したときに、値段の高い新商品ではなく中古のパソコンショップで、安くノートパソコンを購入したのです。そして使い始めてすぐに、パソコンの中に文書が保存されていることに気づきました。そこには「パンドラの壺」とタイトルが書かれていました。最初は「パンドラの箱」を間違えて名付けたのかと思いました。しかし、調べてみると「パンドラの箱」は本来は「パンドラの壺」だったのです。「パンドラの箱」はギリシャ神話でゼウスが人類最初の女性とされるパンドーラーに渡した壺のことで、中にはあらゆる悪・不幸・災いが封じ込めてあったのです。彼女が好奇心からこの壺の蓋を開けたため、地上には不幸があふれて希望だけが壺の底に残ったという神話です。このパソコンの前の持ち主が、そこまで分かって名付けていたとすると、何か非常にこだわりのある人だったように思えます。それもどちらかと言えば、悪い意味で何か根の深いものを抱えているような気がしたのです。相談者は少しためらいましたが、恐る恐る「パンドラの壺」の中に入って最初のページをめくってしまったのです。するとその画面は全面真っ黒でした。しかし、しばらくするとそこに「死」という漢字が大小合わせて10数個浮かび上がりました。しかも黒の背景の上に白と赤で文字が浮かび上がってくるのです。相談者は思わずこの画面に見入ってしまいました。しかしすぐに恐怖を覚え、思わずパソコンを消したのです。(4)へ続く。