世の中には根拠は良くわからないものの、“やってはいけない(タブー)”とされているものがたくさんあります。少し前の話ですが、2018年4月4日、舞鶴市にやってきた大相撲春巡業で、土俵で挨拶をしていた多々見良三舞鶴市長が突然倒れました。突然の状況にまず、男性スタッフが市長を助けるために土俵へ上がりました。ただ、救護に手間取っているスタッフの様子を見かねた複数の女性が、すぐに土俵に上がって市長に心臓マッサージを始めました。すると場内アナウンスが、
「女性の方は土俵から降りてください。女性の方は土俵から降りてください。女性の方は土俵から降りてください。男性の方がお上がりください」
と繰り返したのです。市長はやがて到着した救急車で病院へ搬送されて、命に別状はなかったものの“くも膜下出血”と診断されました。まさに1秒を争う状況だったのです。この間、数分間の中断があったものの、巡業は何事もなかったように再開されました。そしてこの出来事について場内では一切の説明はありませんでした。この相撲協会の対応については、ネット上に大きな批判が巻き起こしました。
大相撲では「女人禁制」として、土俵に女性が上がることを禁じています。ただ、人命がかかった状況で救命活動をした女性にもこのルールを当てはめようとした協会の対応には各所から疑問の声が上がりまあした。
「そんなことを言っている場合じゃないだろう」
実際にそんな声が客席からも上がっていたのです。日本相撲協会はただちにこの件について八角理事長の名義で謝罪文を出しました。その中で八角理事長は応急処置を行った女性に「深く感謝申し上げる」とした上で、「アナウンスを担当していた行司が、気が動転して呼びかけたものでしたが、人命にかかわる状況で不適切な対応でした。深くお詫び申し上げます」と発表したのです。大相撲では、1978年にも小学生の「わんぱく相撲」東京・荒川区予選で優勝した小学5年生の女児が、国技館で行われる決勝大会出場を同じ理由で日本相撲協会から拒否されました。このとき労働省の森山真弓夫人青年局長が協会に抗議しましたが、結論は覆りませんでした。その10年後に内閣官房長官になった森山真弓氏が、海部俊樹総理大臣の名代として、「初場所の優勝力士に内閣総理大臣杯を手渡したい」と申し出たものの、これも相撲協会から断られています。2000年の大相撲春場所では、表彰式で太田房江大阪府知事が、「大阪府知事賞を直接手渡したい」と伝えましたが、同じ理由で断られています。大相撲とはそもそも、その年の農作物の収穫を占う祭りの儀式として始められたのです。それが後に宮廷の行事になって300年間続きました。鎌倉時代以降は武士の戦闘訓練として大名に奨励されてきました。つまり、相撲は本来、スポーツではなく“神事”なのです。神道では血を流すことは穢れ(けがれ)とみなされます。そのため生理がある女性を血と結び付けて、宗教的な禁忌と捉えられるようになったのです。
他にも「禁忌」はあちこちにあります。東北地方の多くの山では山には山の神が住んでいると考えられています。そのため12月12日を「山の神の日」「山の神の年取り」して定め、この日は山に入ったり、木を伐ってはいけないとされています。この日は山の神が森に生えている樹木を一本一本数えて回るために、その邪魔をしてはいけないのです。普段、山で仕事をしている人は、この日は休んで、山の神に御神酒やご馳走をお供えして感謝と加護を祈ります。海の禁忌としては、“お盆の時期は海に入ってはいけない”という風習があちこちにあります。伝承では旧暦の7月は“閻魔斎日”といって、閻魔様の休日とされています。そのためこの時期は、地獄の釜の蓋が開いてあの世から霊が集まってきやすいと考えられているのです。また、お盆は「先祖霊が戻ってくる」とも考えられているため、霊が海水浴に来た人の足を引っ張ることを恐れて、この時期は海を避けるようになってと言われています。このように世の中には禁忌とされているものはたくさんあります。中には根拠や理由の良くわからないものもあります。それでも長年の間、多くの人たちが“やってはいけない”としてきたことは、あえてそれを破る理由もないと思います。先日、私に相談した方は、まさに神社の中で禁忌を破ったことによって、それから何十年にもわたって苦しい思いをさせられてしまったのです。(2)