お母さんは自分が、娘が暴れた現場を見たわけではないので、一概に息子を責めることもできません。ただ、状況を把握しなければなりませんし、娘のことが心配です。そこで息子から病院の名前を聞くとすぐに面会へ行ったのです。お母さんはまず、娘さんの主治医に会って、どのような状況なのか説明を求めました。医師は娘さんは“統合失調症”と診断しました。そしてひどい状態なので、

「現時点で退院させることはできない」と話しました。お母さんはともかく娘が心配だから、「ここに連れてきてほしい」と医師に頼みました。医師はお母さんの勢いに押されてしぶしぶ面会を認めました。そして看護師に娘さんを連れてくるように指示を出しました。

 

お母さんの前に現れた娘さんはまるで別人のように覇気を失っていました。お母さんの問いかけにもほとんど反応することはできません。目はただ、ボッーっと宙を見つめていています。そして看護師さんの支えがなければ、立っていることもできないくらいにフラフラしていたのです。

「いったい、この状態はどうなっているのですか?私が3日前に娘と別れた時には、ちゃんと受け答えもできていました。身の回りのことは自分で行っていましたし、意思表示も問題なくしていました」

お母さんは目の前にいる、娘の痛々しい様子を見て、不安と怒りで押しつぶされそうになりました。

「今は鎮静剤を投与しているので、お嬢さんはボーっとして反応も鈍くなっています。ただ、薬を打たないと、暴れて自傷行為をして危険なので、必要に応じて拘束衣も装着しています。もう少し安定してくれば、拘束衣は必要ありませんし、薬の量を減らして治療に入ります。今はまだ、非常に不安定な状態ですから退院はさせられません」

お母さんは娘さんの状態に違和感を感じながらも医師の診断に逆らうことはできませんでした。そして、病院から引き上げたものの娘さんの状態が心配でなりませんでした。そのため私に相談してきたのです。私はお母さんの話を聞いてすぐに答えました。

「今すぐに、娘さんをその病院から出してください。以前にもお話しした通り、娘さんは精神病ではありません。感情の起伏が他の人よりも激しく、自分に向けられた悪意や嫌悪感を感じると、スイッチが入って自分を抑えられなくなるだけです。今の病院は薬を使って患者さんの状態をコントロールして、長期間の入院を強いています。そこに入院させているご家族の中には、まるで厄介払いができたとでもいうように、長期の入院を望んでいる人もいます。精神疾患の家族に手を焼いている人と長く入院させて診療報酬を稼ぎたい病院の利害が一致しています。そんな中にお嬢さんを入れてはいけません。お嬢さんは精神病ではないのですから、無理矢理そんな場所で拘束されれば、抵抗して暴れるのは当たり前です。このまま入院生活が続いていけば、お嬢さんは薬によって本当に精神が侵されてしまいます。すぐに退院させてください。今、お嬢さんを救えるのはあなたしかいないのですよ。面会したときのお嬢さんの様子を思いだしてください。あの状態が異常だとは思いませんでしたか?強い気持ちを持って、一歩も引かない覚悟で、病院に要求してください。病院と話し合うのではなく、通告して連れて帰ってください。」

私は強い口調でお母さんに訴えました。お母さんは私の言葉に促されて、翌日、覚悟を決めて病院へ乗り込みました。そして「お嬢さんはまだ退院させられません」という病院と押し問答の末、根負けした病院から薬でフラフラにされたお嬢さんを家へ連れて帰ったのです。

 

家で休ませていたお嬢さんは、時間の経過と共に、薬が抜けて正常に戻っていきました。そしてお母さんが話を聞くと、家に帰りたくて抗議をするたびに、注射をされて意識が朦朧となったそうです。そして病室で強く抗議し続けると拘束衣を着せられて、身動きができない状態で閉じ込められていました。お母さんが面会に来たとときも、静かに病室にいたのにいきなり注射をされて意識が遠のいたのです。薬が抜けたお嬢さんは今、ファーストフード店でアルバイトをしています。お客様との接客も無難にこなしています。これからもう少し自信が付いたら、正社員で雇ってくれる会社を探してみるとお母さんに話しています。

 


シュンさんのホームページ ここをクリック