この件で会社を解雇された彼でしたが、彼女は彼の無実をずっと信じていました。そして
「あなたは仕事の実績もあるし、能力もあるんだから、今よりも良い会社だってすぐに見つかるから」
といつも彼を励ましていたのです。この件は役員の娘さんが被害者ですから、彼女のプライバシーも考えて社内には厳重な箝口令が敷かれました。しかし、エリート社員の引き起こしたとんでもない事件ですから、一部の人間たちには彼が“レイプ魔だった”として話は尾ひれをつけて広がっていきました。
彼は会社を解雇されてから気持ちを切り替えて積極的に就職活動を始めました。しかし、彼のキャリアを生かして転職しようと思えば、同じ業界の会社に応募することになります。そうなると業界は狭いので、彼が会社でレイプ事件を起こして、懲戒解雇になったことはすぐに発覚します。そして不採用なります。それを何十社も繰り返すうちに、気が付けば会社を辞めてからすでに１年が経っていました。その間の生活費は妻である彼女の収入や貯金で賄いました。彼はお金を稼ぐことのできない自分を「情けない男だ」と卑下して、すさんでいきます。それでもプライドが邪魔をして、肉体労働や現場仕事、水商売に付くことはできません。家で酒を飲んで、お金を増やそうとギャンブルに手を染めてお金を蕩尽していきました。そしてやりきれない気持ちを彼女にぶつけてたびたび暴力を振るうようになっていったのです。やがて暴力はエスカレートして、ついには私が最初に感じたような取り返しのつかない傷害事件を引き起こすまでになってしまったのです。
夫による傷害事件の被害者となった彼女は心身ともに大きな傷を背負い込むことになりました。彼女は夫の暴行によって肋骨が何本か折れていました。それは内臓に突き刺さり、内臓の機能を低下させました。肋骨の骨折は時間をかけてくっつきましたが、低下した内臓の機能は元には戻りませんでした。疲れやすく上手く消化できず、半病人のような暮らしを余儀なくされるようになりました。また、顔の腫れは時間をかけて引きましたが、３０針以上も縫った顔の傷は整形手術を繰り返しても元には戻りません。特に口の脇が３センチも切れてしまい、口の形がいびつに変形してしまいました。鼻骨が折れて鼻が曲がり、口は変形して、顔に付いた傷跡は生涯消えることはありません。さらに片方の目が失明してしまい、視力も戻りませんでした。そして彼は実刑判決を受けて刑務所に入りましたから、出所してもまともな人生は送れないでしょう。彼と彼女の未来には結婚生活を送る時間はあります。しかしその結果訪れる未来はこのような悲惨なものだったのです。
私は彼女から質問を受けています。「私たち二人の未来が本当に不幸な結末になるのか教えてほしい」と訊かれています。私は言葉を選んで彼女に答えました。
「あなたと彼が結婚生活を送る時間は確かに感じ取ることができました。ですからあなたたち二人は結婚することはできるでしょう。ただし、幸せな結婚生活は長くは続きません。彼にはあなたがまだ知らない一面を持っています。それは正常な状態にある彼からは想像もできないような醜悪な一面です。彼本人も自分にそのような面があることに気づいてはいません。彼の今までの人生はほぼ順風満帆に歩んでいます。今までにどうしても解決のつかないような深刻な状況に追い詰められたことも、人の嘘に翻弄されて人生を踏み外したこともありません。彼は一見すると理知的で穏やかで包容力のある男性に見えます。でもそれは彼が今まで、順調に人生を歩んできたからそのように振る舞うことができたのです。彼は決してメンタルの強い人間ではありません。さらに霊的な間口が広く、メンタルが不安定になったときに不浄霊の影響を受けやすい体質なのです。その結果、精神状態を正常に保てないような苦境に陥ったときに、何かに取り憑かれたように我を忘れて振る舞うことがあるのです。あなたには信じられないかもしれませんが、彼が今までそのような一面を見せなかったのは、人生が上手く回っていたからなのです。その歯車が狂ったときに、あなたは大きな痛手を被る可能性があるのです。そしてその時になって気づいてももう手遅れになります。私はお母さんと同様に、あなたが彼と結婚することは勧めません」
彼女は黙って私の話を聞いていました。（５）へ続く。
