恐山菩提寺から西に数百メートル行ったところに「八角円堂」というお堂があります。このお堂は死者が降りてくると言われる場所で、お堂の裏側にある森の中から死者は降りてくるのです。そのため近くの木々には死者が降りてきたときに迷わないように、手ぬぐいが結び付けられています。そしてお堂の中には、死者がいつ来てもよいように、家族を失った遺族が納めた一揃えの服が置かれています。さらに先に進むと小銭が無数に落ちている小道に入ります。その先に「賽の河原」はあります。火山性ガスの吹き出る賽の河原には、草木の一本も生えていない荒涼として景色が広がっています。そこには、人の笑い声のように鳴り響く風車の中に、供養のために石を積み上げた“無数の石塔”があります。これらの石は、幼くして亡くなった子供の罪滅ぼしのために両親が積み上げたものです。父母よりも先に幼くして亡くなった子供は、父母を不幸にした罪で地獄に落とされます。ただ、自分の背丈よりも高く石を積み上げることができれば、その罪を償い成仏できると言われています。そのため地獄に落ちた子供たちは、一心不乱に石を積み上げるのです。しかし、子供が一生懸命に積んだ石は、鉄棒を持った地獄の鬼たちによって、ことごとく壊され崩されてしまいます。そのため子供たちの魂は、いつまで経っても救われることなく苦しみ続けるのです。そんなときに地獄の鬼たちを追い払い、子供たちを救ってくれるのが、「地蔵菩薩」です。恐山菩提寺のご本尊は「延命地蔵菩薩」です。したがってこの話に基づいて、地獄の賽の河原に見立てた境内に石を積み上げることで、子供たちの魂を弔うという風習が根付いているのです。積まれた石をよく見ると、供養のために子供の名前が彫られているものもあります。ですから幼い子供を亡くした両親が、子供ために積み上げた石塔には、強い供養の思いが込められているのです。それを崩したり壊したりすることは許されません。

 

他にも積み石には様々な意味があります。たとえば古事記の中で、イザナギは黄泉の国から逃げ帰る時に、イザナミが差し向けたヨモツシコメや八雷神、ヨモツイクサたちの追手を黄泉比良坂(よもつひらさか)のふもとで、桃の実によって撃退しました。するとついにはイザナミ自身が直接追いかけてきました。そこでイザナギは千引石(千人の力でようやく引けるくらいの大きな岩)を持ってきて、黄泉比良坂を塞いで逃げ帰りました。石積みはこの話と同じように、忌避や畏怖の対象となるもの(=風葬が行われていた時代の腐敗した死体など)を隠す目的でも作られていました。他に原始信仰では、石自体が信仰の対象をなりましたし、供養の他にも、その場所の穢れを祓う目的で積まれることもありました。

 

私に相談した方は、自分のせいではありませんが、亡くなった子供のために恐山の賽の河原に両親が積み上げた石塔を顔から突っ込んで、完全に破壊してしまいました。不可抗力とはいえ、子供の魂の供養と両親の思いを台無しにしてしまった罪は、おのずと我が身に降りかかります。私は相談者の方に悪影響を与えていた子供の魂を祓う(駆逐する)のではなく、魂の成仏と供養の思いを込めて、相談者に代わって祈りました。そして相談者の方にも、謝罪と供養の気持ちを込めて私と一緒に手を合わせるように話しました。それを1週間ぐらい続けたところ、相談者に現れていた不可思議な症状は少しずつ改善されていったのです。

 


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