その後、しるくの病状は順調に回復していきました。「leiz」さんは、「masakoba」さんに約束した通り、再来年のスープラの車検までに、車を買い戻せるように頑張って働いていました。しかし、そんな「leiz」さんに思いもよらないサプライズが訪れました。しるくが治療を終えた翌月に「leiz」さんが自宅でくつろいでいると、独特の野太い車の排気音が聞こえてきたのです。この懐かしいエキゾーストノートはまぎれもなく「leiz」さんの愛車「スープラ」のものだったのです。「leiz」さんが慌てて家の外に出ると、あちこち修理をしなければならなかった古いスープラが、新車のようにピカピカになって自宅の前に止まっていたのです。そして車からは「masakoba」さんが仲良くしているカーショップのスタッフが降りてきました。スタッフは「masakoba」さんに依頼されて、修復の完了したスープラを届けに来たのです。
「masakoba」さんは、「leiz」さんのスープラを落札した後、
「次の車検までに落札価格と同額で買い戻したい」
という「leiz」さんの気持ちを尊重して、会社の一角に車を大切に保管するためのガレージを作りました。最初は預かっておくつもりでガレージに車を置きましたが、27年間も乗ってきた古い車ですから、あちこちが傷んだり、傷ついたりしていて本格的な修理が必要な状態だったのです。車好きの「masakoba」さんはそれを放っておくことができずに、懇意にしているカーショップのスタッフや会社の従業員や自らも油まみれになって車の修理を始めたのです。エアロパーツや外装部品を取り外し、劣化したゴム部品や機関周りのパーツは可能な限り交換しました。そしてボディパネルや車体の傷んだ箇所を補修しながら、純正色のスーパーホワイトで再塗装したのです。最初はしるくの治療終了までに完了させる予定の作業は、古い個人輸入の車両のために部品を調達するのに手間取って、治療終了の翌月になってようやく完了したのでした。
「masakoba」さんは、スープラの修復作業を進めながら、しるくの回復を願い「leiz」さんを励まし続けてきました。一時期、しるくの容体が悪化したときには、敬虔なクリスチャンでありながら、初めて京都の伏見稲荷大社を参拝して、病気平癒のお守りをもらってきました。また、しるくとスープラが描かれた一点物のジグソーパズルを作って、願掛けのために「leiz」さんへ送ったりしていたのです。そうやって「leiz」さんを励ましながら、困難な病気と闘っているしるくを見ているうちに、「masakoba」さんの心の中には最初のころとは違った思いが膨らんでいきました。
「leizさんにとっては、しるくもスープラも大切な家族です。元気なしるくと愛車とともに過ごしてきた穏やかな日常を一日も早く取り戻してほしい」
そう願うようになったのです。そしてその思いは日増しに強くなり、いつしかスープラの買戻しを待たずに、無償でプレゼントすることを決めたのです。そして高額な治療費がかかることを知っていた「masakoba」さんは、「自分の仲間たちからの気持ちです」と偽って、治療費として、数十万円も別に渡していたのです。スープラを「leiz」さんの自宅に返却したとき、カーショップのスタッフに依頼したのは、「自分が運んでleizさんに気を遣わせたくない」という心遣いからだったのです。この日「masakoba」さんは、しるくの病気治癒のお礼参りに一人で伏見稲荷大社へ行っていたのです。「masakoba」さんは今後の「leiz」さんとのお付き合いについて、
「うまく言えないのですが、leizさんの一家には、元の平和な時間を取り戻してもらい、私は徐々にフェードアウトしていこうと思っています。以前送ったジグソーパズルに例えると、スープラはleizさん一家にとって大切な最後のピースのようなものなのです」
と話しています。Leizさんはこの思いがけないプレゼントに非常に恐縮して感謝の気持ちを「masakoba」さんに伝えた上で、
「スープラについては今後どのように扱っていけばよいのか、「masakoba」さんと相談したいと思っています」
と話しています。こんな心の通った暖かな交流ができるのもまた人間なのです。