そしてある日の夜、決定的なことが起こりました。その日、父親や子供たちが帰宅すると、ミューは具合悪そうにリビングのソファーの上で横になっています。そしてミューの食事のお皿の中には、食べ残したキャットフードがたくさん入っていました。
「ミューはご飯をこんなに残しているけど大丈夫なの?具合が悪いんじゃないの?」帰宅した娘はそう言って心配しました。
「そうね、今日は朝から一日中寝てばかりいるし、夕飯も半分以上も残している。今までは、食べても食べてもご飯をねだってたのにね」
母親もそう言って顔を曇らせました。そして
「明日、動物病院へ連れて行ってみるわ」
娘にそう伝えたのです。その言葉を聞いた娘は
「お母さん、明日じゃだめだよ、もし、今夜容態が急変したらどうするの?具合が悪いならミューだって苦しいでしょう。早く病院へ連れて行ってあげようよ」
ちょうどその時、父親と息子も帰宅しました。
娘は母親に話した後、すぐにスマホで近所の動物病院を検索し始めました。その様子を見た父親は、
「そうだよ、深夜じゃ診てくれる病院も少なくなるから、今のうちに連れて行ってあげようよ。今車を玄関に回すからさ」
そういうと父親はすぐに駐車場へ走りました。
すると今度は息子が話しました。
「わかった。じゃあ俺は、ミューを早く車に乗せられるように、ミューを捕まえてキャリーバックに入れるから」
ミューはあわただしくなった家族の様子を見て、警戒したようにリビングを離れて家の中のどこかへ隠れてしまっていたのです。
娘が診察してくれる動物病院を探して、息子はミューを捕まえてキャリーバッグに入れました。そして父親は車を玄関に横付けして、家族4人と猫の乗った車は動物病院へ向けて夜の国道を飛ばしていったのです。
幸い、ミューの病気は、風邪と軽い胃腸炎と診断されました。ミューは薬を処方されて入院することなく家族と一緒に家に戻りました。
「でも、大事にならなくてよかったね。すぐに病院を探したからひどくならずに済んだんだね。あなたのお手柄ね」
母親はホッとしている娘の顔を見て、そう言って誉めました。
「お兄ちゃんもお父さんもすぐに動いてくれたからだよ、私だけの手柄じゃないよ」
娘はそう言って家族の顔を見回しました。家族の顔には、それぞれが自分の役割を果たしたことの充実感と安堵の思いがあふれていました。ミューも安心したように大好きなリビングのソファーの上で眠っています。
家族は誰も言葉にはしませんでしたが皆が同じことを考えていました。
「4人で協力して何かをやったことって、いったい何年ぶりだろう」
そしてバラバラだった家族でも、根底には切っても切れない絆で結びついていることを皆が確信したのです。普段は離れていても、家族がピンチになればおのずと皆で協力してお互いに支えあっていく。そんな当たり前のことを一匹の猫が家族全員に気づかせてくれたのです。母親はソファの上で安心して寝息を立てているミューを見ながらふと思いました。
「この猫は私たちにこのことを気づかせるために私を選んでこの家に来てくれたのではないか」
ミューは人間の思いなど関知しないとでも言うように、コロンと寝返りを打って母親に背中を向けると、深い眠りに入っていきました。