生後8か月の赤ちゃんが、アメリカで心臓病の手術を受けるためには、4200万円が必要でした。赤ちゃんのご両親がネットで手術費用の募金を呼び掛けたところ、すでに費用の約半分は集まっていました。マリア選手のFacebookには、したがって、
「この銀メダルをオークションに出品して、約18万ドル(1970万円)を集めることが目標だ」
と書かれていました。
オークションは約5万ドル(約548万円)からスタートしました。そして8月16日にはポーランドの大手コンビニ会社(Zabka:ジャプカ)が落札価格として12万5千ドル(約1370万円)を寄付しました。マリア選手は感謝と喜びのメッセージを同社に送りました。そして、
「できるだけ早く全額を受け取って、赤ちゃんがアメリカへ行くことができるようにオークションを終了することにしました」
と報告したのでした。オークションで銀メダルを落札した「ジャブカ」はTwitterで
「私たちはオリンピアンの美しく極めて高貴な活動に感動し、彼のための募金活動を支援することにしました」とコメントしました。さらに
「銀メダルはマリア選手の手元に残すべきだ」と発表したのです。
マリア選手は、このことについて「タイムズ・オブ・ロンドン」紙のインタビューで、次のように語りました。
「メダルの真の価値は常に心の中にあります。メダルはただの物ですが、他の人にとって大きな価値を持つことができます。この銀メダルは、クローゼットの中で埃をかぶるのではなく、人の命を救うことができる。だからこそ私は、病気の子供を助けるためにこのメダルをオークションにかけることにしました」と。
彼女の善意は、病気を克服してメダルを獲得した素晴らしい試合とともに、多くの人たちの心に響きました。
私はこのニュースを読みながら、10年ぐらい前に読んだ1冊の小説を思い出しました。「喜多川泰」さんが書いた「また必ず会おう」と誰もが言った。という小説です。詳しい内容はここではあえて述べませんが、たくさんの人の善意に支えられながら、高校2年生の主人公が夏休みに成長していく素晴らしい青春物語です。若い頃から、グルジェフやシュタイナーやウスペンスキー、和尚やクリシュナムルティといった難解な神秘家の本ばかり読みふけっていた私からすると、作者の描いた素直な若者の人物像や大人たちの良識のある人生観は、爽やかな感動とともに心にストンと落ちました。2時間もあれば十分読み終えることのできる分量です。皆さんも興味があれば是非ご一読いただければと思います。ご自身の若い頃を思い出して、しばし懐かしさが込み上げてくると思います。
私は今回の心温まる善意の話を読みながら、
「自分だったらどう対応していただろうか」
と考えました。見ず知らずの人がバスを乗り間違えて困っています。早く対応しなければ時間が無くなります。その状況の中で迷うことなく、見知らぬ人に1万円を差し出せるでしょうか。手術をしなければ命が危うくなっている見知らぬ幼児のために、生涯で最も大切な自分の宝物になるであろう”銀メダル”を迷うことなくオークションに出品できるでしょうか。私はきっと、この状況の中で河島さんやマリア選手のように、”迷うことなく行動すること”は出来なかったと思います。
人間は時に非情になることも、ずる賢く人を傷つけながら平然と生きることもできます。しかし、胸が熱くなるような善意を見せて、たくさんの人を助け、多くの人の心を動かすこともできます。それは人は誰でも多面性を持っているからです。あなたが持っているさまざまな顔の中から、どんな自分と付き合っていくのかは、あなた自身が選択していることなのです。