人間は自分でも気づかないうちに何かを言ったりやったりしていることがあります。何気なくやってしまうこと=無意識の選択です。私はこのブログの中でも”意識的な選択”と”無意識の選択”については何度も述べてきました。意識的にしている選択は、自分で考えてやっていることですから、間違えていれば改善することができます。しかし無意識にやっていることは、自分でもその認識がありませんから修正することも改善することも困難です。
たとえばお酒を飲むと、人が変わったように豹変して、暴れたり絡んだり泣き出したりする人がいます。しかも翌日、お酒が抜けてからそのことを本人に話すと、
「まったく覚えていない」
と平然と言うのです。あまりの醜態を目の前で見せられた私は”本当に覚えていないのだろうか。バツが悪くてそう言ってごまかしているのではないか”と考えたこともありました。
私が大学生の時のクラスメイトにいわゆる”酒乱”の女性がいました。彼女は地方の厳しい家で育ったお嬢さんで、とても真面目で控えめな女性でした。授業をサボるようなことは一度もなく、課題はしっかりと提出する向学心のある友人でした。しかし、学生同士が集まってお酒の飲み会が始まると、1時間もしないうちに態度が豹変するのです。目が座ってくると、隣いる学生を叩いたり、罵ったり、大声を張り上げて絡みだすのです。それを注意した学生には、殴り掛かったり、足蹴にしたり、絵にかいたような酒乱ぶりを発揮します。そして時には男子学生を自宅のアパートに誘って部屋に泊めてしまったり、自分の部屋をトイレと間違えて用を足してしまうこともあります。そして翌日に目を覚ますと、蚊の鳴くような声で友人たちに謝罪して回ります。私は彼女の乱行に腹を立てて、一体どうなっているのか素面の時に問い質したことがあります。すると彼女は、
「ごめんなさい、お酒が進んでくると、途中で頭の中で”ブチッ”と音が聞こえるぐらいにはっきりとスイッチが入ってしまうの。そうすると自分でもどうなっているのか分からなくなってしまって、何も覚えてなくて目を覚ますの」
そう言って涙ぐみました。お酒さえ飲まなければ本来は真面目で控えめな女の子です。女性として恥ずかしい面をたくさん晒してしまうのですから、自暴自棄になっていつも自分を責めていました。それでもお酒が入ると毎回、同じことを繰り返すのです。私は彼女の乱行にはじめは腹を立てていましたが、すぐに彼女がかわいそうになりました。酔っぱらって周りに迷惑をかけ続ける彼女の姿に同情の余地はありませんが、彼女は本当に何も覚えていないのです。自分でも無意識のうちに自らを貶めるような行動を取ってしまうのです。私は落ち込んでいる彼女に同情しましたが、やがて距離を置くようになりました。それは他の友人たちも同じでした。なぜなら無意識のうちに暴れまくる彼女は、このあとも行動がまったく改善されないからです。お酒が抜けているときはものすごく反省して謝罪を繰り返しますが、お酒が入れば反省の思いはすぐに吹き飛んでしまいます。そして周囲の迷惑も顧みずに乱行を繰り返すのです。
”無意識にしている行動は修正できない”
私はこのとき強くそのことを認識しました。
人は毎日100以上の選択をしていると言われています。その中の8割以上は頭で考えない“無意識の選択”です。頭で考える選択にはその人が今まで学んできた知識や人生経験が反映されます。ですから大人になれば大きく選択を間違えることはあまりありません。しかし、無意識にしている選択は今まで学んできた知識も人生経験もまったく役に立ちません。しかも、選択の数は意識的な選択よりも圧倒的に数が多いのです。ですからより良い人生を生きて行こうとするならば、この無意識の選択を間違わないようにしていかなければなりません。ただ、知識や経験も役立たない中で、どのようにしたら無意識の選択で正答を選べるようになるのでしょうか。(2)へ続く。