この方が小学校5年生になった時、生活は一変してしまいます。父親が連帯保証人をしていた友人が事業に失敗して行方をくらませてしまったのです。高額を高金利で借りていたため、借金は見る見る膨らんでいきました。お父さんの収入は借金の返済に回さなければならなくなったために、従業員に対して今までのように鷹揚に振舞うことは出来なくなりました。売り上げを上げようと思うと従業員に厳しく当たることが増えてしまいます。そしてベテランの社員が何人も会社を辞めてしまいました。会社の売り上げは下がり、借金はさらに増えて、ついには会社は倒産して家も土地も借金の担保として取り上げられてしまったのです。

 

家族は世間の目を気にして利便性の悪い郊外へ引っ越しました。ぜいたくな暮らしはがらりと変わり、一気に極貧の生活が始まりました。算数の授業で使う「コンパスを買いたい」と言うと、父親からは「忘れたといいなさい」と断られました。学校の給食費も先生へ生徒たちが持参する中で、自分だけが持っていくことができません。そして”忘れ物をした人”として黒板に名前が書かれました。体は成長しているのに新しい服を買うこともできません。小さくなった服をいつまでも着ていると、クラスメイトから

「○○子っていつもそのブラウス着てるよね、洗濯したりしないの?汚い!不潔!」

と容赦のない言葉が浴びせられました。忘れ物ばかりしていつも先生に怒られて、サイズの合わない傷んだ服を着ている女の子です。転校した小学校ではすぐに嫌われ者になっていじめられました。

 

中学に入ると給食は無くなりお弁当を持参することになりました。多くの女子生徒は、真っ赤なウインナーや緑のブロッコリーなど色鮮やかなおかずがお弁当箱いっぱいに咲き誇っています。彼女のお弁当箱は、ご飯の上に海苔やごぼうやもやしが載っているだけです。一目見て他の生徒のお弁当とは色彩が違いました。彼女はお弁当箱の蓋を盾にして、中を見られないように隠しながら食べていたのです。小さい頃、楽しかった食事の時間は、みじめでいたたまれない時間になってしまったのです。

 

それでも彼女は県立の商業高校へ入学しました。そこでは一生懸命に勉強して経理に関する資格を取りました。そして大企業ではありませんが地元では大きな会社に入社して経理に配属されました。そしてお給料から学費を払って経理系の専門学校へ通いました。そこでは経理に関する資格をさらに取得しました。そして会社では会計士や税理士にも劣らない仕事をするようになって、今は管理職をするまでになりました。

 

苦しい人生をここまで切り開いた彼女でも、心の中には大きな傷が残されています。人を信用して生活を破綻させて、家族を困窮させた父親。その父親はその後は二度と再起することは出来ずにお酒に溺れて体を壊して亡くなりました。彼女は人を信用することができません。ましてや幸せな結婚生活など想像もつきません。そして失敗を何よりも恐れる臆病な自分を作り上げてしまったのです。

 

私は彼女の意識にこびりついた”失敗”という恐怖を取り除きたいと思いました。私は彼女に話しました。

「あなたは確かに今まで大変な苦労をされてきたと思います。でも、今のあなたの人生は苦しかった頃とは明らかに違う軌道に入っています。ですからもう、失敗という恐怖から自分を解放して良いのです。人生では誰でも失敗することがあります。ただ、人は失敗から学ぶことの方が成功から学ぶことよりもはるかに多いのです。ですからこれからもし、あなたが何かの失敗をしたとしても、それは”学びの機会が訪れた”とか”気づきのきっかけができた”と考えてください」

 

いつもお話ししているように、人の意識はその人の思考を作ります。思考は行動を作り、行動は未来を作ります。ですから意識の中の刻み込まれた”失敗”という観念を取り払うことができれば、失敗という未来が訪れることも無くなるのです。私はこれからは彼女にまっすぐに夢や目標へ向かって進んでいただきたいと心から願いました。