2019年9月5日、京浜急行神奈川新町第1踏切で、立ち往生したトラックに下り快特電車が衝突して電車は先頭から3両目までが脱線しました。トラックの運転手は死亡、乗客と運転士、車掌の計77人が重軽傷を負いました。この事故の影響で京急線は一部区間で2日間にわたって運休しました。この事故について国土交通省の運輸安全委員会は今年の2月18日に、事故調査報告を発表しました。報告書の中で、トラックが立ち往生した理由については、運転手が死亡したため、不明とされました。しかし、事故の原因は、運転士(29歳)がブレーキをかけるのが遅れたことだとされたのです。
踏切の手前391mには、踏切内で障害物が検知された際に点滅する信号が設置されていました。当時、電車は時速約120キロで走行していたので、信号が見える地点(信号の手前176m)を通過してから1.8秒以内に非常ブレーキを使えば、踏切の手前で停車できたことになります。しかし、運転士は、信号に気付いてから4秒後に通常のブレーキをかけて、その後に非常ブレーキを使用していました。
運転士は、運輸安全委員会の調査に対して、
「信号の点滅に気付いてすぐに通常ブレーキを操作した。それでは踏切までに停止できないと思い、非常ブレーキを使った」
と話しています。
運輸安全委員会は、ブレーキの遅れの要因について、
「信号の設置位置が運転士から見ると、架線や柱に遮られて見えにくく、踏切にも近すぎてしまい、運転士が信号を確認する時間が十分に無かった可能性がある」
と指摘しました。また、当時は使用するブレーキの選択は運転士に任されていたことも事故の要因になったと可能性があるとしました。
ただ、この事故調査報告書は発表後すぐにさまざまな批判を浴びました。それは、この報告書は事故そのものの経過については細かい検証がなされているものの特殊信号発光機(信号)の視認距離が不十分であった原因やこの問題が見過ごされてきた背景について十分に掘り下げたとは言い難いというものでした。京急の経営体質が、現場の声を取り上げて、安全運行を最優先するものではなかったという指摘が数多くなされたのです。
たとえばこの信号の視認性の問題は、すでに電車の乗務員から何度も指摘されていたのです。京急の広報部はマスコミの取材に対して、
「今までこの信号の視認性の問題を乗務員から指摘されたことはない」
と回答しています。しかし、マスコミが乗務員や元乗務員を取材したところ、本社に「ヒヤリ・ハット報告」(=事故の危険を感じてヒヤリとしたり、ハッとしたことの報告)を伝えたという証言が複数出てきました。この「ヒヤリ・ハット」が今回のテーマ「ハインリッヒの法則」になります。
ハインリッヒの法則は、「ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ(1886年~1962年)」が、アメリカの損害保険会社で技術・調査部の副部長をしていた1929年に発表した論文で初めて公開されました。この法則は労働災害における経験則の一つですが、私の感覚では労働災害に限らず、数多くの事故や災害、そして人生における失敗や落とし穴にも十分に当てはまるものです。ハインリッヒは、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背後には300の”ヒヤリ・ハット”が存在すると述べているのです。ハインリッヒの「災害トライアングル定理」とか「傷害四角睡」とも言われています。そこでこの法則について少し掘り下げてみていきたいと思います。(2)へ続く。