業者の男性はすぐにオーナーの奥さんと会って、私の話を伝えました。奥さんはお婆さんの思いを聞いて、涙を流していたと言います。奥さんはしばらく黙り込んだ後、重たい口を開きました。

「私にとってもこの庭はお婆ちゃんとの思い出がたくさん詰まっています。ですから出来ることなら、私たち家族がここに住んでこの庭を守りたいと思っています。しかし、うちは普通のサラリーマンです。目黒のマンションのローンも残っています。この家を相続した相続税で蓄えは無くなり、身内からもお金を借りて支払いました。また、この家の固定資産税もかなりの金額になります。この状況ではこの家は賃貸に出して、賃料を稼がなければ維持できません。この家をお婆ちゃんからいただいたときは、ありがたいとは思いましたが、私には手に余る家だったのです。相続税を考えたら、売却して税金を払うしかないと思いました。でも身内からお金を借りてでも売らずに税金を支払ったのは、この家を人手に渡すことは、お婆ちゃんの気持ちを考えたらとてもできないことだからです。でも、私にできることはもうこれで精一杯なのです。これ以上、私がどうしたら良いというのでしょうか」

そういって奥さんは泣き伏せてしまいました。

 

業者の男性も土地家屋の専門家として、どうしたらお婆ちゃんの気持ちを受け止めて、オーナーの暮らしも成り立つのかを考えてくれました。しかし、オーナーの家族がここに引っ越して、目黒のマンションを賃貸に出すのでは、借金の返済額に追いつきません。そうかといって目黒のマンションを売ったとしても、それで数年は維持できますが、そのあとでお金が足りなくなることは見えています。お金が足りなくなれば、最後はこの家を売るしかなくなってしまいます。私もさまざまな選択肢の中から最善の方法を霊視してみました。そして一つ良い方法が浮かびました。私は業者の男性に話しました。

 

「基本的には今まで皆さんが良いと思ってやってきたこれまでのスタイルで暮らしてください。オーナーのご家族については借金の返済もあるので、さまざまな支払いをクリアするには、この家を賃貸に出して、まとまった賃料を毎月手にすることが必要になります。ただ、お婆ちゃんの家を賃貸に出す際に、一つだけ条件を付けていただきたいのです。あまり難しい話をすると借り手が付かなくなりますから、借主に一言だけ了解を得ていただきたいのです」

業者の男性は一瞬、私の目を見て興味を示しました。

「この家のオーナーがガーデニングが大好きでこの家の庭もずっと手入れをしてきました。これからも昼間、時々庭の手入れを続けていきたいので、その際に敷地内に入ることがあります。もちろん家の中に入ることはありません。その点だけご了承いただきたいのです」

業者の男性は私の言葉を反芻しているようでした。私はさらに話を続けました。

「高額の賃貸物件ですが、シリアスにならずに軽いニュアンスで話をしていただければ、了承してくれる借主は必ずいます。ある意味、庭師が入って定期的に手入れをしているのと同じなのですから。どうか借り手が見つかった時に、この点だけ了解を取って契約してください」

 

私が考えたのは、オーナーにとってこの家の賃料はこれから暮らしていくために手放せません。そしてお婆ちゃんの思いは、オーナーの奥さんが、心を込めてこの庭の管理を続けて行けば報われることになります。ならばこれによってすべての問題が解決するのではないかと思ったのです。

 

それから1か月ほどして業者の男性から連絡が入りました。お婆ちゃんの借家ですが、借主が見つかって契約が決まったのです。借り手は初老の夫婦で、お二人ともにこの庭を気に入ってこの家に決めたそうです。この夫婦も庭いじりは大好きなので、是非オーナーを紹介していただき、一緒にガーデニングをしていきたいと話していたそうです。

「これでお婆ちゃんの幽霊はもう出ませんよね」

業者の男性の声はいつもよりも弾んでいました。私は笑顔になったお婆ちゃんが、安心して空へ上がっていく様子が浮かびました。