私は演歌のメロディーを排除できない相談者に次のように回答しました。

「人間の心の領域は無限のように思えますが、私は有限だと思っています。たとえば今、自分が心血を注いできた仕事に全力で取り組んでいる方は、多くの場合、他のことは目に入りません。心の底から好きでたまらない異性ができた人は、朝から晩まで頭の中はその人のことでいっぱいになります。他のことは考えられなくなり、ひどくなれば仕事中も上の空です。つまり、心という限られた領域は何かで満たすことによって、他のものが入り込む余地が無くなるのです」

私はさらに続けました。

「つまり、あなたの心の中にぐるぐる回り続けている演歌のメロディーを心の中から排除するためには、それに代わるもので心を満たすことが必要になります。心を満たす材料は、好きなものや覚えやすいものやリピートしやすいものの方が残りやすいので、それを探して埋め込んでいきましょう」

 

本当は、好きな物よりも嫌いなものの方が、心には刻み込みやすいのです。しかし、嫌のものを排除するためにもっと嫌なものを取り込んでも、問題の解決にはなりません。そこで私は具体的にいくつかの提案をしました。

「小学校の時の楽しい思い出はありませんか?中学高校時代はいかがですか?もし、充実した幸せな高校時代を送っていたのなら、その時に流行していた音楽を思い出してください。音楽はその時代のあなたの記憶を蘇られせます。ですから音楽を思い出すことであなたの心の中は幸せだった思い出で埋め尽くされます。そうなれば嫌な演歌は自動的に心の中から排出されるのです」

 

そしてその音楽とは、インパクトの強いもの=短くて分かりやすいメロディーの方が心に刻みやすいのです。たとえば高校時代が人生で最も幸せだったと思うなら、まずはその頃をイメージしやすいように高校の校歌を口ずさんでください。きっと高校時代のことが頭に浮かんでくるはずです。中学生の時の運動会が人生で最高に幸せだったと思うなら、運動会につながるような音楽を頭に刻み込んで下さい。具体的に運動会の定番曲と言えば、ジャック・オッフェンバックの「天国と地獄」とか、ドミトリー・カバレフスキーの組曲「道化師」の中の「ギャロップ」とか、ヘルマン・ネッケの「クシコス・ポスト」など、曲目は限られています。これらの曲を聞けば、皆さんでも頭の中には自然と運動会の光景が思い浮かんでくるはずです。音楽とはその時の景色や思い出を鮮やかによみがえらせてくれるものなのです。

 

また、CMソングも短くてインパクトが強いので、心に刻み込むには最適です。たとえば日立製作所の小林亜星さん作曲の「この木なんの木、気になる木」やJR東海の「クリスマスエクスプレス」の山下達郎さんの「クリスマスイブ」は、曲を聞いただけで映像が頭に浮かんできます。こういったCMソングは、心に刻まれて頭の中でリピートしやすいので、嫌な音楽を押し出すには有効です。

 

こういった場合に、注意しなければいけないのは、嫌な曲や映像を見た時に“必要以上に嫌だと受け止めてしまうこと”です。嫌だと思うことや否定的な考え方は、肯定的なものよりも深く胸に突き刺さるのです。子供の頃に親や先生や友人から受けたトラウマをそれから50年経ってもまだ引きずっている人はいます。皆さんも子供の頃の楽しかった思い出と嫌だった思い出があるときに、多くの人は嫌な思い出の方を覚えています。好きだった異性のことは忘れても、大嫌いだった異性のことは心に残ります。つまり、必要以上に嫌だと受け止めると、それは深く心に刻まれて抜けにくくなってしまうのです。

 

町を歩いていて好きな人と偶然に出会うことはめったにありません。でも、嫌いな方に限って時々出会ってしまうのです。会いたくないという否定的に思いは、会いたいという肯定よりも強いので、その思いが二人を引き合って合わせてしまうのです。