同じような事例は他にもあります。以前、

「私は20年前に自分の教え子に救われたんです」

と私に話した男性がいました。この方は学生時代に“山岳部”に入っていました。夏休みに後輩たちを連れて南アルプスへ登山するために、同級生と2人でコースの下見に来ていました。どのルートを上り、どのルートから下山するのか。また途中で、間違いそうな危ない場所はないか。高山植物の群生地や景色の良い休憩地点をチェックするために、二人は登山ルートから外れた周辺の山中にも足を踏み込んでいました。そして気が付くと登山ルートから外れた彼らは、林道のない山中で完全に道に迷ってしまったのです。

 

二人は何とか自力で下山しようとして林道を探しました。はじめはまだ日が高かったために、それほど不安は感じませんでした。万が一に備えてビバークしても良いだけの装備も持ち込んでいます。しかし、日が傾いてきて気温が下がってくると不安はどんどん膨らんでいきます。

「日が暮れる前に何とか林道までたどり着けないだろうか…」

そんなことを考えながら、森の中をさまよっていると、突然、子供たちの話し声が聞こえてきたのです。顔は見えませんが声から察すると、小学校低学年ぐらいの男の子が数人います。彼らはときどき笑いながら何かを話しています。そして、聞いたこともない8小節ぐらいの短いメロディーに、でたらめな歌詞を載せて大声で歌ってはみんなで笑っています。

 

二人は思わず顔を見合わせました。

「子供の声が聞こえるよな。近くにキャンプにでも来たのかなあ」

どちらともなくそう話しかけました。ただ、こんなに深い山まで子供たちがキャンプに来るのも不可解です。でも、二人は助かりたい一心で、声の聞こえる方へ向かって歩き続けました。すると30分もしないうちにさっきまで自分たちが歩いてきた林道に戻ることができたのです。

 

この男性は大人になり、今は仕事をしながら少年野球の指導者になっています。そのチームは近県や地方まで試合や合宿に出かけるような強豪チームです。今から数年前に、夏休みを使って地方で1週間の合宿を行いました。昼間の練習が終わり、お風呂に入り、夕食を食べて夜のミーティングを行います。消灯時間までの1時間が生徒たちの自由時間です。この時間は子供たちの笑い声や話し声、そして室内を走り回る音が宿舎の中に響きわたっています。そのときこの男性は懐かしいメロディーを耳にしました。それは南アルプスで遭難しかけた時に救ってくれた子供たちが歌っていた8小節の特徴あるメロディーでした。彼は驚いて歌声の聞こえる部屋へ飛び込みました。そして子供たちに、

「この歌は何という歌なのか、そして皆はどこでこの歌を覚えたのか」

と、問いただしました。

 

すると子供たちの友人が両親の田舎へ帰ったときに、そこで覚えてきたものだということが分かりました。おかしなメロディーだし、どんな歌詞でも乗せやすいので友達同士で替え歌にして遊んでいるということでした。

 

しかし、この男性によると、この時、宿舎で聞いた子供たちの歌声は、20年前に自分たちを救ってくれた子供たちの歌声そのままであったそうです。それは今、自分が野球を教えている子供たちが、20年の時空を超えて、あの時の自分のピンチを救いに来てくれたとしか思えなかったそうです。

 

霊の世界では過去~現在~未来という順番が、その通りに訪れないこともしばしばあります。結果が現実化された後から、理由や原因が作られることもあるのです。そう考えると未来で自分と出会う人が、今の自分を救いに来てくれることがあったとしても、何ら不思議なことではないのです。