世界中には、その国や地域独特のさまざまな文化や風習があります。昔、台湾では独身のまま亡くなった死者を生きている人間と結婚させる“冥婚”という風習がありました。たとえば女性が未婚のまま亡くなったとします。その女性に婚約者がいれば、死んだ女性と生きている婚約者は結婚式を挙げて夫婦になります。亡くなった女性に婚約者がいない場合、遺族は“紅包袋”と呼ばれ名刺大の赤い封筒に、死んだ女性の髪の毛や爪、顔写真や現金を入れて、それを道端に落とします。この赤い封筒を異性が拾った場合、隠れて様子を見ていた死者の家族は、死者と拾った男性の相性を占い師にみてもらいます。そして相性が良いと判断されれば、一般の結婚式とほとんど変わらない形で、結婚式が執り行われるのです。この際に、封筒を拾った男性が冥婚を拒否することはできません。その場を逃げようとしても、死者の遺族たちに取り囲まれて、無理にでも連れていかれることもあります。死者の遺族からすれば、結婚することができずに亡くなった死者を哀れに思い、夫婦という形にしてあの世へ送り出そうということなのでしょう。

 

この冥婚という儀式は台湾だけでなく世界中で行われています。台湾と同じ文化を持つ中国でも、死者の遺骨を冥婚の相手とする風習が一部の地域でありました。そのために病院の職員が、亡くなった人の遺骨を盗んで高額で販売していた事件もありました。韓国でも死んだ者同士を結婚させる儀式が一部の地域にありました。日本でも山形県の村山地方や置賜地方で“ムサカリ絵馬”という風習があります。これは「結婚していない男性は半人前」という考えから、形式上でも結婚させて、一人前にしてからあの世へ送り出そうという”親心“から始まったと言われています。絵馬に正装をした故人と架空の花嫁の婚礼の様子を描いて、お寺へ奉納します。元々は結婚適齢期やもっと若くして亡くなった死者がムサカリ絵馬の対象でした。しかし、やがて対象者の範囲は広がり、中年男性や水子や先祖であっても、未婚者であれば、絵馬に描かれるようになりました。

 

そもそも古代エジプトには、弟に殺された太陽神オシリスと生きている女神イシスが死後の世界で結婚したという物語があります。ギリシャ神話にも冥界の女王ベルセポネーを、生きているペイリトオスが妻にしようとして、冥界へ赴く話があります。

 

現代のフランスでも民法で死後の婚姻は認められています。未婚の恋人関係の一方が死亡した場合、死んだ者が将来の結婚を承諾していると認められるときに、生きている恋人からの請求により、二人の婚姻は認められるのです。そのとき、婚姻の効力は、死亡した配偶者が死んだ日の前日に遡って生じると規定されています。この規定によって、婚姻した女性は、死亡した男性の姓を名乗ることができますし、女性の子供は死亡した男性の子供のとして認知されるのです。2009年にアフガニスタンに駐留していたフランス軍兵士の男性が戦死しました。この兵士の婚約者の女性が、当時のサルコジ大統領に死後の婚姻を認めるように直訴して認められるという出来事も起きています。

 

冥婚の考え方は、死んで肉体が無くなっても、魂は存在しているという考えに基づいています。私も人は死んで肉体が滅んでも、やがて輪廻転生して来世に生まれ代わるものだと考えています。冥婚は世界中の多くの人たちが、そのように考えていることの現われだと感じました。