私は一番奥の部屋に入って周囲を見回しながら感覚を研ぎ澄ましました。するとこの和室の一番奥に背中を丸めて座っている年老いた男性が見えました。このご老人は私に一瞥をくれることもなく、必死になって床や壁を見つめながら両手を動かしています。その様子はまるで何かを探しているように見えました。そこで私は思い切って、意識の底でこのご老人へ話しかけました。
「すみません、何かお探しですか」
するとご老人は何も言わずに後ろを振り向きました。私にはその年老いた顔がはっきりと見えました。それは憎しみというよりも、むしろ悲しみにあふれた表情をしていました。そして何も言わないまま、また私に背中を向けて、静かに消えていったのです。
私はこの家のリビングに戻り、相談者に問いかけました。
「一番奥の部屋は、皆さんが引っ越してくるまでは誰が使っていたのですか?」
するとこの女性は
「今は介護施設に入っているこの家のお父さんが使っていました」
と答えました。そこで私はさらに質問を続けました。
「もし、その方の写真や画像があれば拝見したいのですが?」
相談者の女性は売主のお父さんと奥さん、そして自分と自分のご主人の4人で撮った古い写真を引き出しから探してきました。私が和室で見た老人よりも写真に写る人物は若く見えました。しかし間違いありません。
「わかりました。一番奥の和室で物音がしたり、人の気配がしたのは、この方がやってきているからです」
相談者の女性は悲鳴のような声を上げて驚きました。生霊が強いネガティブな思いもなく、自分の体を抜けて現れることは非常に珍しいことだからです。私は、今回のケースでは、生霊が出るときの必須条件である“強いネガティブな思い”に匹敵するくらいの“強い執着”を感じました。
「あのお部屋は以前からずっとお父さんが使っていたのですか?」
「いいえ、奥さんが生きていた時にはご夫婦の寝室になっていました」
私はこの答えを聞いて、この問題を解決するヒントが見えた気がしました。つまり、このご老人は亡くなった奥さんや自分についてとても執着する何かを探すために頻繁にこの部屋を訪れているのです。ご老人の動きを見ても、あの部屋の中の何かを探していることは間違いありません。体は動かせなくても生霊になっても見つけ出したい執着のある何かです。
私は奥さんに伝えました。
「あのお部屋の中には何かご老人がとても執着するものがあるはずです。それが見つかれば、ご老人があの部屋を訪れることはなくなります。息子さんたちにも手伝ってもらって、あの部屋の荷物をすべて出して、畳を上げて床下まで捜索するつもりでその何かを見つけ出してください」
それからしばらくたって私に連絡が入りました。私が感じた通り、やはり何かが出てきました。それは畳の隙間に挟まったご老人と奥さんの“結婚指輪”でした。このご老人は奥さんが亡くなった後もずっと奥さんを忘れることなく愛し続けていました。それなのに大切な結婚指輪を失くしてしまい、この家に住んでいるときから必死で探し続けていました。それは介護施設に入っている今も同じで、認知症で意識が飛んでいるときに、生霊になっても見つけ出そうとしてこの家を訪れていたのです。
買主のご家族で見つけ出した大切な結婚指輪は、介護施設にいるご老人の元に届けられました。認知症で意識がはっきりしない中でも、ご老人は指輪を見ると、それを奪い取るように握りしめて、いつまでも離さなかったそうです。