先日、出張鑑定でお会いした方は、幼少期にご両親が離婚したこともあって、大変苦労して生きてこられました。両親が離婚した後、やがて彼の母親は家に男を連れてきました。その男はわずかばかりのお金を家に入れて、そのお金でその方と母親は生活していました。母親は仕事をしても長続きしないため、自分と息子が生きていくためには男を家に入れて一緒に生活することしかできなかったのです。

 

その男にとって、息子はただの邪魔者でした。したがってお酒を飲んだ入り、機嫌が悪ければ、何かの理由を付けて息子を殴りつけていました。理不尽に目の前で暴行される息子を見て、母親は息子をかばうことなく男の味方をしていました。母親にとってはそれが自分が生きていくためのすべだったのでしょう。しかし、まだ大人には体力的にかなわない子供が、理由もなく毎日のように暴行され、しかも母親まで男の味方をして、家庭内で孤立して生きていくことの辛さは筆舌に尽くしがたいものがありました。

 

また、別の方は家が非常に困窮していました。小学生のころはいつもお腹をすかせていて、お腹いっぱいご飯を食べたことはありませんでした。したがって学校で出される給食で命をつないでいるような状態でした。ただ、その方の母親は、子供に給食費は渡していませんでした。担任の先生は何度催促をしても給食費を持ってこない子供をクラス全員の前で罵倒しました。

「お前のやっていることは、毎日ただ食いをしているのと同じだ」

クラスの生徒の前でそう罵られたのです。

そんなときは、どれだけお腹がすいていても、給食は食べないで我慢しました。子供なりに自分のやっていることが悪いことだと感じていました。だから給食の時間になると、体育館の裏の水道でお腹いっぱい水を飲んでやり過ごしたのです。

 

また、別の方は、授業で使う文房具を

「買ってほしい」

と親に言っても、いつも

「忘れたと言いなさい」

と父親に言われていました。家が貧しくてお小遣いなどありません。親がお金を渡さなければ、子供は定規もコンパスもいつも忘れたというしかないのです。そして教師は忘れ物ばかりするこの児童を教室の前に立たせて、クラス全員の前で叱責したのです。

 

この3人の方は今は、それぞれ社会人として立派に生活しています。ある人は中学を卒業して、職人として親方の家に住み込んで技術を身に付けました。そして今は自分が親方になって若い職人たちを雇っています。また、ある方は、お金をためて30代半ばで自分のお店を持って、都心で飲食店を経営しています。別の方は生きていくすべを身につける中で自然と営業力が磨かれて、学歴も資格もありませんが、今ではトップセールスマンとして高給を稼いでいます。

 

今、成功者として人生を逆転した彼らも、昔の話になると、まるで昨日のことのように、実にリアルに雄弁に語りだすのです。それだけ心に大きな傷を残した辛い思い出だったのです。彼らが辛い過去をバネに必死に働いて成功をつかんだことは素晴らしいことです。ただ、私はいつも彼らに会うと、一言伝えることがあります。

「もう、自分を許してあげてください。辛かった過去の自分に縛られて今でもまだ自分を叱咤していませんか?私たちは過去に生きているわけではなく、未来に望みを託すわけでもなく、今このときをこの場所で生きています。もう、過去のことは忘れて、今の自分に目線を合わせてください。そして幸せな人生の時間をもっと享受してください。あなたにはその権利が十分にあるのです」

 

過去に起こったことはもう、それを変えることはできません。変えることのできない問題をいつも頭の中で考えることは、自分を疲れさせて消耗を早めます。また、未来のことばかり考えて、今現実にやるべきことがおろそかになってしまっては、良い未来を作り出すことはできません。どちらも生産的ではない生き方なのです。

 

今、この時を生きている私たちは、常に目線を今に合わせて、今自分ができることを実行する。その繰り返しがいつか自分の夢が叶う未来へつながっていくのです。