この方は、金縛りに遭って体は動かないのに目は開いていました。むしろ目を閉じたいのに閉じることができないのです。その瞬間、能面のように真っ白で無表情の女の顔が、自分の顔に接触するような距離でくっついてきたのです。その女が吐き出す便臭のような吐息を吸い込んで、一気に吐きそうになりました。ただ、その時もよおした吐き気のおかげで足がわずかに動きました。動いた足が布団の脇のローテーブルに当たりました。ローテーブルの上に置いていた紅茶の入ったカップが“ガシャン”と音をたてて、床に転がり落ちました。その音に反応して金縛りが解けました。

 

布団から体を起こすと、恐る恐る室内を見渡しました。女の顔は消えていました。室内には確かにこの女の便臭のような臭いは残っていましたが、どこを見ても女はいませんでした。おかしな音も聞こえません。その瞬間、ホッとしたのか一気に涙が溢れてきました。そしてテーブルの上のパソコンを立ち上げて、私にメールを書いたのです。

 

ただ、私にメールを書きだした瞬間に、また女の便臭が強く漂いました。まさかと思いながらゆっくりと後ろを振り向くと、能面のような女は自分の真後ろにいて、今度は無表情のまま、両手で首を絞めてきたのです。それも首の骨がギシギシときしむほど、ものすごい力で首を絞めてきました。そして自分でも気づかないままパソコンの送信ボタンを押したまま、布団に倒れ込みました。すると今度は布団に仰向けになった身体にまたがり、パジャマを引き裂いて、身体に思いっきり爪を食い込ませました。爪は体に深く突き刺さり、肉がえぐられるようでした。

 

そんな地獄のような暴行が何分間か続いて、気を失いかけた時に、会ったこともない私の顔が頭に浮かびました。それはブログのトップページに描かれた私の顔でした。そして私の顔が浮かんでしばらくすると、この女は嘘のように消えていき、寝室に静寂が戻りました。ちょうど私がこの方のメールに気づいてマントラを唱え始めた時間でした。

 

この方はそのまま倒れるように眠り、気が付くと朝になっていました。そして私へのお礼と昨夜の状況を知らせるメールを書いたのです。このメールには添付画像が何枚か付いていました。その画像は首に付けられた赤紫色に内出血した手形の痕や体に付けられた切られたような爪の痕です。中には背中の肩甲骨の間で、どう考えても手が届かない場所にも刃物で切られたような痕が残っていました。

 

私はまず、この方を守るためのアイテムを急いで作成しました。このままでは今夜からまた能面のような女が現れる可能性が高いからです。そしてすぐに速達で郵送しました。そして、今夜については深夜の時間帯を中心に、遠隔でマントラを唱えてこの方を守ることにしました。そして、この方の求めに応じて直ちに時間を作って、この家まで行くことにしました。それは周辺の状況を含めて、自分でこの現場を体感して、有効な対応策を講じるためです。

 

私はこの家へうかがうために住所を教えてもらいましたが、それを見て愕然としました。それはこの家の住所の地名の中に、入ってはいけない漢字が2つも含まれていたからです。

 

それらは主に自然災害に対する警戒を促すために残した先人たちの知恵です。土地が低く水害に遭いやすいとか、地盤が弱くてがけ崩れを起こしやすいとか、近くに鉱脈があって井戸水を飲んではいけないといった類のものです。しかし、中には過去に戦などで人がたくさん亡くなっている場所や処刑場跡など、その土地に強い因縁因果が残されていることを伝える文字もあるのです。私は全国のさまざまな土地で除霊や浄霊などを行ってきた中で、経験則としていくつか危ない漢字をインプットしています。この方の住所を見たときに、ここで起こっている怪異の謎が少し解けたような気がしました。(3)へ続く。