メンター(mentor)とは優れた指導者・師匠・助言者のことです。会社に入れば、仕事上の上司や管理者がいます。ただ、メンターを用いたメンタリング制度を人材育成の方法として登用している会社では、メンターは自分が所属する組織の上司や管理者ではなく、むしろつながりの薄い所属先の無役の人から選ばれることもあります。メンターは単に仕事のやり方を教える先輩社員ではありません。仕事はもちろんですが、人間関係の作り方や人生の悩みなどについてもアドバイスを行い、広い意味で人生を導く師匠として有効な助言を与えていきます。

 

その語源はギリシャ神話でオデュッセウスがトロイア戦争に出陣するときに、自分の息子、テレマコスを託した優れた指導者”メントール”に由来しています。1980年代にアメリカで人材育成の方法として制度化されましたが、日本のOJT制度が元になっていると言われています。私が大学を卒業した後に入った会社では、新人には指導社員という先輩社員がつきます。ただし、指導社員はあくまでも仕事の進め方や社内の問題について先輩としてアドバイスをするだけで、プライベートな問題や家庭の悩みなどにはまったく関与しません。また、選ばれる指導社員は入社3年から5年目ぐらいの若手が付きましたので、メンターとは大きく異なりました。

 

人生の中では「仕事は仕事」「恋愛は恋愛」として、きっちりと区切れているわけではありません。人生という大きな川の流れがあるとすれば、そこに連なる一つの支流が仕事であり、恋愛であり、家庭であり、健康であるわけです。これらの支流は相互に影響し合っていますから、”仕事上の指導者・健康上の指導者・経済上の指導者”といった別個の指導者を立てることは非常に非効率的です。すべての分野を視野に入れて有効なアドバイスを送ってくれる人があれば、それは自分を成長させることにとても役立ちます。

 

そもそも良い仕事をしようと思うときに、仕事についての知識や技術にとどまらず、自分自身の健康や恋愛や家庭の問題なども関わってくることは否定できません。単に勤務時間だけ仕事に集中していれば、良い仕事ができるわけではないのです。私は以前、このブログで、勉強するということは単に机に向かって何時間テキストを広げたということではなくて、生き方そのものが反映されてくると述べました。それは私が昔、予備校の講師をしていて何千・何万という生徒を見てきた実感なのです。学習効果が結果に反映されて、グッと成績が伸びてくるとき、生徒たちの生活習慣や考え方、人生観が変化してくるのです。本当に目の色が変わってくるのです。逆にいえば、短期間で奇跡的に成績がアップするときは、そのような状態になってこなくてはいけないのです。

 

昔、さまざまなプロ野球球団で監督を務めた野村克也さんが、「私は野球を教えているのではなく、人生を教えている」と語ったことがあります。それはプロ野球選手として成績を伸ばすためには、単にバッティングやピッチングの技術を習得するだけではなく、生き方を変えていくことが不可欠であるという確信からきています。アマチュアスポーツでも指導者が生徒たちに、スポーツの技術だけでなく、生き方や考え方の指導をすることが良くあります。それも結果を重視するならば、そこから変えていくことが必要であるという信念に基づいています。

 

したがって大きな組織が、人材育成の手段としてメンタリング制度を用いることは、遠回りのようで実は最短コースを進むためのプロセスなのです。(2)へ続く。