以前、このブログで、ロジャー・バニスターのブレイクスルーについて触れました。彼は1929年生まれ、オックスフォード大学の医学部出身で、スポーツ(特に陸上競技)を科学的な手法によって分析して、トレーニングやコンディショニングを大きく飛躍させました。しかし、彼の名前は、人類で初めて陸上男子1マイルレースで4分の壁を破ったアスリートとして有名です。なぜならそれまで男子1マイルレースの世界記録は、1923年にパーヴォ・ヌルミの出した4分10秒3で、この記録は当時37年間も破られずいた世界記録を2秒以上も更新する驚異的なタイムだったのです。専門家は誰もが人類が1マイルを4分を切って走ることは不可能と断言していたのです。それを科学的なトレーニング方法を用いたロジャー・バニスターがついに1954年5月6日に、3分59秒4でフィニッシュする快挙を成し遂げました。彼のこの記録はもちろん誰もが決して塗り替えることは出来ないと思いました。ところがロジャーが世界記録を更新した46日後に、ジョン・ランディーが3分58秒で記録を更新すると、それから1年の間に、ランディーを含めた23人の選手が1マイル4分の壁を破ったのです。
本来は記録を破る能力を持っていたとしても、初めから”できるわけがない”と思い込んでしまうと、そこに自ら壁を作ってしまい、その壁を乗り越えることはできなくなります。この話はメンタルトレーニングの世界では、しばしば出てくる話ですが、私たちが何かを成し遂げようとか、目標へ向かって進んでいこうとするときにも大いに当てはまることだと思います。
先日、陸上男子100m競争で、小池祐貴選手が、9秒98という素晴らしい記録を打ち立てました。それまで陸上男子100m競争の日本記録は1999年12月にアジア大会準決勝で伊東浩司選手が出した10秒00が19年間も破られることがありませんでした。それを2017年9月に桐生祥秀選手が9秒98で日本人で初めて10秒の壁を破ると、先月、サニブラウン・ハキーム選手が9秒97で更新しました。そして昨日、小池選手も10秒の壁を破って日本人3人目の9秒台のランナーになりました。
ブレイクスルーはアスリートの世界ではしばしば起こることです。記録という物差しがあると、ブレイクスルーはより明確に感じられますが、これはスポーツに限らずさまざま世界で、今この瞬間にも起こっていることです。科学の世界でも芸術の世界でも、今まで不可能と思われたものの壁が破られると、その瞬間に不可能は不可能ではなくなります。そして、”自分にもできる”と、自然に認識できるようになると、身体は自然に動き出して、今までの壁が取り払われていくのです。
ブレイクスルーは特殊な能力を持った一部の人たちしか成し遂げられないわけではありません。私たちが普通に生きている人生の中で、自分で勝手に不可能と決めつけていることはないでしょうか。それは仕事であれ、恋愛であれ、健康であれ、お金であれ、私たちの身の回りにあるすべての世界に当てはまります。まずは自分自身が突破できることを強く認識して、覚悟を決めて突き進むときに道は開かれていきます。それまで不可能と思われていたことが今では普通に可能になったことは私たちの周りにあふれているのです。