私の実家では以前、猫を飼っていました。私が高校3年生の時に、知り合いから預けられて、しばらくは実家の自分の部屋に入れて、私が冷蔵庫から食べ物を持ってきては隠れて与えていたのです。やがてそのことは親に発覚しましたが、動物嫌いだった両親も、情が移ったようでなし崩し的に家で飼うことになったのです。メスの三毛猫でこの猫は15年生きました。
その猫が亡くなった日、猫はいつものように食事をして、いつものように家の中を元気に走り回っていました。その様子はいつものありふれた日常でしたから、私は特に気に留めることもなく午前中から用事で出かけました。そして夜12時ごろに帰宅をすると、寝場所にしていた毛布の上でぐったりと倒れていたのです。息はありましたが、衰弱したように弱って立ち上がることは出来ません。親に尋ねると、夕方ぐらいから倒れて横になってしまったようでした。親は「もう高齢だから、病院へ行っても治療は出来ない」と言いました。私はそれでもどうして病院へ連れていかなかったのか、ひとしきり親子喧嘩をしました。そしてかかりつけの動物病院へ電話をしましたが、深夜ですので誰も電話には出ません。私は電話帳をめくって近くの動物病院へ手当たり次第に電話を掛けました。電話に出てくれた動物病院もありましたが、どこも「明朝来てください」と診察を断られました。私は毛布の上でぐったりしている猫の身体をさすりながら、「明日は朝一番で病院へ連れていくから、それまで頑張れ」とずっと励まし続けました。そんな状態が1時間ほど続いた後、猫は突然、目から涙を流したのです。名前を呼んでも返事もできませんでしたが、一瞬、確かに私の方へ顔を向けて、涙を流しました。そして静かに息を引き取りました。
元々私が家に連れてきた猫ですから、家族の中では私が飼い主になっていました。猫は夕方に倒れたあと、私が帰ってくるまで何とか頑張ってくれたのです。そして死ぬ前にお別れを言うように、私の顔を見て旅立ったのです。
このころ実家では飼い猫以外にも野良猫に餌をあげていました。私のおかげで動物嫌いから猫好きになった家族が、家にやってくる野良猫に庭で餌をあげていたのです。野良猫は家の中へは入れませんでしたので、私が日曜大工で猫小屋を作り、冬はその中に毛布を敷きました。
ただ、餌をあげる猫は1匹か2匹だけです。最初に餌を与えた猫が、やがて生まれたばかりの子猫を連れて実家の庭に現れました。私の親は毎日餌を与えながら、「何匹も飼うことは出来ないから、子供が大きくなったら出ていきなさい」と野良猫に言い聞かせていました。やがて親猫は子猫が大きくなるといつの間にかいなくなりました。そして大人になった猫もやがて子猫と連れて庭にやってきました。そして同じように子猫が大きくなったら出ていくようにと語り続けました。すると親猫もやがて子猫が成長したのを見届けるといつの間にか実家の庭から出ていったのです。
そうやって6代から7代ぐらいの猫が実家の庭で成長しては出ていきました。ですから私は実家の庭で餌を食べていた野良猫たちの亡骸を一匹も見たことが無いのです。みんな亡くなる前にいつの間にかいなくなったからです。猫は人間のようにしゃべることは出来ませんが、気持ちはしっかりと伝わっているのです。