善波トンネルは神奈川県伊勢原市と秦野市の間にある国道246号線にあるトンネルです。学生時代、東海大学へ通っている友人がいて、彼は大学の近くの小田急線大根駅(現東海大学前駅)の近くに住んでいました。大根駅からは大磯や平塚の海岸にも近かったため、夏休みには彼の家を拠点にして、毎日のように海へ出かけていました。その行き帰りには、彼の車でよくドライブにも行きました。その際、国道246号線は、必ず通るルートなのですが、この道路を通行していると、善波トンネルの手前でいきなりこの看板に出くわすのです。
「もう死なないで準一」
そう書かれた大きな看板は、夜になると灯りが点灯するため、非常によく目立ちました。そしてこの看板の中の”死”という文字が、しっかりと脳裏に焼き付いてしまい、薄暗い峠道の中に恐怖を感じることになります。
この看板は1965年9月2日に発生した事故に由来しています。当時17歳だった準一君は、この日の夕方、バイクでこの道を走行中にカーブで対向車線へはみ出してしまい、通りかかったトラックと正面衝突してしまったのです。そして17歳でこの世を去ってしまいました。そしてこの痛ましい事故の後、この付近でバイクに乗った少年の幽霊を見たという目撃談が数多く寄せられました。その幽霊は何度も通行する車に突っ込んでは、視界から消えていきました。この噂に心を痛めた準一君のご両親が、準一君が早くこの現場から離れて成仏するように願ってこの看板を建てたのでした。(この看板は老朽化したため1989年に撤去されて、現在はありません)
この善波トンネルは当時はまだ新しくて特に霊的な問題は感じませんでした。ただ、善波トンネルの裏側には並行してもう一つ古いトンネルが作られていました。この2つのトンネルは”新善波トンネル”と”旧善波トンネル”と呼ばれて区別されていました。私が引っ掛かったのは、”旧善波トンネル”の方です。このトンネルは当時からボロボロで天井からは水が滴り落ちていました。国道246号線を普通に走行していれば、道はおのずと新善波トンネルへつながっています。つまり、旧善波トンネルへ入るには、新善波トンネルの手前からわざわざ迂回して舗装も剥がれているでこぼこの峠道を通らなければなりません。ですから普通は旧善波トンネルを訪れることはありません。
ただ、今でもネットで検索すると、旧善波トンネルは神奈川県の心霊スポットとして数多くのサイトに取り上げられています。ご両親の建てられた「もう死なないで準一」の看板は、当時からそこを通る人たちの目を引いていたので、肝試しのつもりで旧善波トンネルと訪れる人たちがしばしばいたのです。
当時の私も新善波トンネルは友人の家への行き帰りで毎日のように通っていましたが、あるとき「一度、旧善波トンネルを通ってみよう」と、友人同士でそんな話になったのです。
私は友人4人で彼の車に乗って峠のでこぼこ道に入りました。時間は夜の11時を回っていました。そしてしばらくして目の前に現れた、不気味なトンネルを前にして、私は鳥肌が立ったのを覚えています。今にして思えば、この鳥肌は私に対する明確な警告だったのです。ただ、私は助手席に座っていましたが、今さら「やめよう」と言い出せる雰囲気ではありませんでした。友人はゆっくりとアクセルを踏んでトンネルの前まで進むと、一旦車を止めて、ライトを消したのです。(2)へ続く。