”魔が差す”という言葉があります。これはまるで悪魔が心に入り込んだように一瞬の判断を誤って大きな失敗をしてしまった時に使います。具体的には、お金や名誉や社会的地位もあるような人が、万引きをしたり、痴漢をしたり、浮気をしたりして、自分の地位や信用を失ってしまったときに使います。

 

皆さんもこのような事例は数多く見てきたと思います。テレビにも出ているような有名大学の教授が痴漢で捕まってその地位を追われたり、芸能人が万引きや犯罪を犯して仕事が無くなったり、国会議員が浮気がばれて辞職に追い込まれるようなケースです。私たちから見れば、「何でそんなことをしたのか?」と理解に苦しみます。もちろん、本人自身にそのような嗜好や傾向があるなら話は別です。自分の意思でそういった行動を取っていれば、いつか必ず発覚するのは当たり前だからです。ただ、現実には、まったくそのような行動を取っていなかった人でも、突然、犯罪に手を染めてしまうようなことがあるのです。

 

私はこのような状況を目の当たりにしたり、ニュースで見る中で”これは霊によって突き動かされた”と、確信を持つことが時々あります。霊の影響が私たち生きている人間に出ることに理由はありません。霊能者と言われている人はすべての問題に理由や因縁因果を取り繕います。すべての問題が因縁因果によって引き起こされているなら、霊の影響を受けている人は自分自身やご先祖などが、何か悪いことをしていたり、人から恨みを買っていたり、生き方を間違っていたことになります。確かにそういった理由によって霊障を受けている人もいます。しかし、私に霊の問題で相談する人の中には、しっかりとお墓参りを続けて、毎日、神仏に手を合わせ、誠実に優しく生きている人も数多くいます。そのような人でも理不尽に霊の影響を受けて、心身に苦痛を感じたり、何をやっても裏目に出てしまう人はいるのです。

 

その理由は、いつも申し上げている通り、霊の問題は不浄霊と自分自身の霊的な波長が合うかどうか、基本的にはこの1点で決まるからです。霊的な波長は誰でも生まれた時から死んだ後まで変わりません。それは指紋と同じように各人で別々の周波数を持っています。この波長が合ってしまえば、お互いに同調してしまいますので、不浄霊の影響が生きている私たちに多かれ少なかれ出ることになります。不浄霊と言われるものに良い心を持っているものはいません。すべて強いネガティブな理由があるから現世にとどまっているわけです。そのネガティブな塊と同調したときに、自分にとって悪い影響しか出ないことは皆さんも想像できると思います。その中には”悪い影響”という範囲を超えた”とんでもないこと”を引き起こすように、私たちにささやきかけて、背中を押してくるものもあるのです。

 

私は交通事故の現場を訪れて事故を検証したとが何度かあります。その中には、本人が一瞬、ボーっとした瞬間にドライバーの意識に入り込んで、ハンドルを大きくきらせて、並走している車やバイクに激突させていた不浄霊がいました。ドライバーは自分が原因で事故を起こした認識はあるのですが、事故の瞬間だけは「よく覚えていない」と言いました。それで私に事故を検証するように依頼してきたのです。

 

自分の心が弱いとき、何かでイライラしている時、誰かに憎しみや嫉妬心を抱いている時、そのような状態で波長が合ってしまうと、何もブロックすることができずに、ズバッと不浄霊は入り込んできます。その瞬間に人は魔に差されたように、とんでもない行動に出て自ら人生を踏み外してしまうこともあるのです。(2)へ続く。