部屋の中は拍子抜けするくらいに平穏な状態でした。本人に話を聞くと、15分前まで首を絞められたり、体の上に乗られたり、刀のようなもので体中を斬られて殺されるような恐怖を味わっていたとのことです。確かに彼女を見ると、髪の毛はボサボサで、目は泣きはらして充血して、腕には刃物で切られたような跡がはっきりと残っていました。首には手形のような跡が残り、足には何か所も痣ができていて、まるでひどい暴行を受けた被害者のように見えました。
私はこのような状況を見るたびに心の底から怒りがこみ上げてきます。この女性もこの女性のご先祖も何ら悪いことなどしていません。よく霊能者と言われる人は、何かの問題が起こるたびに、先祖供養ができていないとか、あなたが人から恨まれるような言動をとっているとか、その理由を語ります。一般的に考えれば結果には原因があります。したがってこんな目に遭わされたことには、それなりの理由や因縁因果があるものと思い込んでいるのです。ただ実態は、いつもお伝えしている通り、霊の問題が起こるか起こらないかは、霊と自分の霊的な波長が合うのかどうか、基本的にはこの1点で決まります。そこには因縁因果も理由もありません。私はしっかりとご先祖の供養をして、誠実に思いやりを持って生きてきた方が、ひどい霊障で苦しんでいるケースを数多く見てきました。この女性にしてもこのようなひどい目に遭わされる理由など何もないのです。
よくテレビアニメに出てくる霊能者は、大きなボディーアクションをして、ハーッと声を出して、不浄霊にパワーをぶつけて退散させています。ただ、実際には怒りに任せてハーッと力任せに手のひらを突き出しても、それでは逆にパワーは出ません。野球の投手が力任せに腕を振っても速球の速度は上がりません。下半身の回転を上半身へ伝え、スナップを聞かせて腕を振った方が早い球は投げれるのです。パワーを出すのも同じです。心を静かに保ち、頭の中で曼荼羅を思い描き、マントラを唱えながらスーッと腕を突き出したときに大きなパワーが右手から出るのです。そういった意味では怒りを抑えられずに、怒りの力でパワーを出している私のやり方は邪道であると思っています。それでも何の落ち度もない女性にこのようなひどい目に遭わせている不浄霊にはこみ上げる怒りを抑えられません。
ただ、霊は肉体がありませんから瞬間移動することができます。また、普通は目に見えませんから相手の近くでじっくりと行動を観察することもできます。ですからこの女性が私に連絡を入れて、霊を祓うことのできる人間がこちらに向かっていることを不浄霊ははっきりと認識しています。15分前まで彼女を襲っていた不浄霊が今、この部屋にいないのは、私が来ることを察知して狡猾に逃げていったのです。不浄霊は私のような人間に対して上から目線で対抗してくるものが多くいますが、狡猾なものになるとこのような動きを取るものもあります。
私はこの不浄霊がまた舞い戻ってくるのを待って何時間も部屋で待機していました。しかし、不浄霊はこの日はとうとう戻っては来ませんでした。戻ってこないということは彼女にとって平和な時間が訪れていることですから、それはそれでよいのです。私はこの女性が安心して眠りについたのを見届けて静かに部屋を出ました。時間はもう明け方になっていました。