私の実家は横浜市内にあります。実家のすぐ近くには先の大戦で亡くなった英連邦兵士の外人墓地があります。ここは私が子供のころに来日したエリザベス女王も訪れています。中は外人墓地として公園のようにきれいに整備され、観光客なども訪れています。私も子供のころには何度もここへ行って友達と遊んだ記憶があります。私にとってはそのような懐かしい場所なのですが、思えば今までに何十回もこの墓地の中や周辺で制服を着たり、ヘルメットをかぶっている兵士の霊を目撃しています。
ここにいる霊は、私に救いを求めたり、何かを伝えようとしているわけではないので、私に対して攻撃的に向かってくることや示威行為をしてくることはありません。ただ、自分のお墓へ向かってうつむいて歩いていたり、私の横を素通りしていくだけです。顔を上げてこちらを睨むこともありません。時には一人ではなく、何十人という集団で行進している時もあります。
そういえば、以前、高崎の住宅をお祓いして、結界を張ったことがあります。高崎には戦前まで歩兵第15連隊の本部がありました。この連隊は西南戦争後に創設され、日清・日露戦争~太平洋戦争のすべての戦争に参戦しています。特に太平洋戦争では南方での戦いで、数多くの戦死者を出しています。この住宅は南方から高崎の連隊本部へ向かうルート上に建っています。このルートは数多くの兵士の霊(魂)が、連隊本部へ向かって歩みを進めていくうちに大きな霊道となりました。この住宅の敷地の一部分に霊道がかかってしまったことで、この家の中ではご家族にさまざまな霊障が出ていました。それを祓い、霊道の流れを変えるために敷地内に結界を張ったのです。南方の戦いで命を落とした兵士たちの魂は、連隊本部のある高崎に戻りたくて、何度もこの道を通い続けているのです。
そういった意味では靖国神社の周辺にお住まいの方を何人も除霊や結界を張って守ったこともあります。戦争で戦地へ向かう兵士たちは「靖国で会おう」を合言葉に出征していったと聞きます。そして日本を遠く離れた戦地で亡くなった数多くの兵士の魂は、日本に帰りたくて靖国神社を目指して行進し続けています。その結果、靖国神社へは、特に南方から大きな霊道が何本も通っています。
この霊道の中に住んでいた方は、大変強い霊障を受けていて、原因不明の病気で全身が動かなくなっていました。最初は手足にしびれのようなものが出て、手足が動かなくなりました。やがて動かせない場所は少しずつ広がっていき、大学病院の病室で寝たきり状態になったところで私に助けを求めてきました。私はこの方と対面したとき、兵士の霊が数多く見えていましたので、この奇病には霊の問題が大きく関係していると感じました。それは霊の問題を解決できれば、肉体が劇的に回復できる可能性があるということです。私はそのことをご家族に話し、それからこの病室に何度も通いながら悪影響を与えている数多くの不浄霊を少しずつ祓っていきました。その間も病状はどんどん悪くなり、最後は瞼しか動かせないところまで追い込まれました。死の一歩手前まで来た時に、肉体はようやく少しずつ反応するようになりました。そして時間はかかりましたがこの方に悪影響を与えていたすべての不浄霊を祓ったのです。
不浄霊をすべて祓っても、ここまで強く体が反応してしまった場合、体に出ていた悪影響を100%取り除けるわけではありません。それでも今では車椅子を使って外出できるとこまで回復してコミュニケーションが取れるところまで会話することもできるようになりました。
どれだけ悪い不浄霊でもその霊と自分の霊的な波長が合わなければ、何ら悪影響はでません。ただ、合ってしまった場合、命に関わるくらいまで肉体が反応することは決して珍しくないのです。