私は20代の頃にロシアに約2年間住んでいました。極東のハバロフスクとウラジオストックです。当時、ゼネコンの海外事業部に勤めていた私は、ソ連の国営航空会社だった「アエロフロート」との共同事業で海外駐在員として滞在していました。その頃の日本は全盛だったバブル景気に陰りが見えていました。会社の資金繰りは徐々に厳しくなり、事業を遂行するために必要な資金も送金が遅れるようになってきました。そのためロシアの駐在員たちは仕事がスムーズに実行できず、手持無沙汰になっていました。その結果、駐在員は次々に日本へ呼び戻されて、最後に駐在事務所に残ったのは私一人になったのです。

 

私もアエロフロートの手前、ロシアに残されているだけでほとんど仕事はありませんでした。事前に計画された事業も資金が無ければ何も進めることができないからです。当時のソ連は日本人がなかなか入国できる国ではありません。私も国営企業との合弁会社の社員だからビザが発給されたのです。

 

私にとってのロシアはその歴史や文化に対する興味よりjも、名著「ソ連圏の4次元科学」で紹介された超能力研究の最先端の国です。訪れたい研究所や会いたい超能力者は数多くいます。私は時間を持てあましていましたので、超能力の研究機関などへ手紙を送り、その中の何人かと実際に面会することができました。子供のころから普通の人には見えないものが見えたり、聞こえない音が聞こえたりしていた私は、自分の実態を解明して、自分自身をどのように取り扱えば良いのか、その答えを求めていました。当時、超能力先進国のロシアにいてこの機会を活用しない手はないと考えたのです。

 

冷戦時代、アメリカやソ連を含む東欧諸国は、超能力を軍事利用するため、多くの予算を費やして国をあげて超能力の研究をしていました。原子力潜水艦ノーチラス号が、大西洋の海底近くからアメリカ本土とテレパシーで交信したとか、スターゲイトプロジェクトと言われるアメリカ陸軍のリモートビューイング(透視)の能力開発計画が始まったりしていたのです。透視能力を獲得することができれば、敵国の基地の様子を一目瞭然見ることができますし、敵国の最新兵器の設計図をスパイを使わなくても手に入れることもできます。そんなことを本気で考えて東西両陣営は約30年間にわたって多くの予算を費やして研究を重ねたのです。

 

超能力者とか霊能力者と言われる人たちは、その感覚が普通の人よりもはるかに鋭敏です。ただ、その超感覚は五感のすべてが研ぎ澄まされていることはまれで、何かの感覚だけが突出していることの方がはるかに多いのです。たとえば私もそうですが、目を閉じた時に、頭の中にリアルなビジュアルが浮かんできたり、それが動画となって動いたりするタイプの人がいます。その人は多くの場合、未来や過去をビジュアル化して感じることはできますが、音を超感覚的に聞くことはできません。私は見ることも聞くこともできますが、それは自分の意思で制御することができません。自分の意思にかかわりなく、ある時は見えてきますし、ある時は見えずに聞こえたり感じたりしているのです。(2)へ続く。