思い出補正とは偉大だ。
そう思ったのは、以前記憶のみを頼りに十数年前のフリーのエロゲーを探していた時だ。
当時小学生だったろうか。(もう時効だと思っている)それはそれはクオリティの高いエロスだった
記憶があり、あの頃の感動をもう一度味わえないかと、躍起になって探していた。
記憶のみを頼りにしていたので、捜索には1週間ほどを要した。ベクターでそれっぽいゲームを漁ったり、当時お世話になったであろうサイトを片っ端から調べた。(大半は閉鎖されていて、郷愁を覚えたのはまた別の話だ。)
アーカイブを発見できたのが奇跡に等しい。幸いにもアップロードファイルは生きていたので、なんとかダウンロードにこぎつけた。ヤフー知恵遅れで何回か質問しても一向に有用な回答が得られなかったので、喜びはひとしおだった。
しかし時代は64bitOS。
一応OSはProfessionalが入っていて、XP互換モードがあるが、ものには限度がある。
もちろん起動しない。256色がデフォルトだった時代だ。というかあれは大半のレガシーなアプリが動かんクソ機能だ。
僕はすかさずVMWareでXPを起動した。「建てて壊して乗っ取って」というWin98時代の名作ゲームをなんとかプレイしたくていろいろ試行錯誤していた経験が活きた。
結果は思わず「うーん」と唸りたくなる内容だった。光るものもあったが、それは現代では通用しなかった。
思い出は思い出として残しておくべきだった。
しかしながら、達成感は得られた。
勝負に勝って、試合に負けたという感じがしっくりくる。これはさわやかな負けだ。
なんてくだらないんだ。久しぶりの日記がこんなんでいいのか。